今日は仕事始めで、午前中は年末に溜まっていた電子メールの整理に追われていた。
が、ふと目に留まったメールをみてがく然とした。
メールを送ってきたのは、アリゾナに住むハーレー乗りの知り合いで、旧車に関する情報交換を続けているエド。彼は国際的な産業用電気部品メーカーの地元ローカルマネージャーを25年間勤めていたが、この会社が不況のせいで営業拠点を統廃合することになり、それに伴ってレイオフされたのだ。
アメリカという国で仕事を得ているヒトが、突然レイオフされる話はよく聞くし、実際に自分の知っているヒトがそうなるのもよく目にしている。だが、私の周りのアクの強いそれなりにキャリアがあるアメリカ人は世渡りがうまい人が多いのであまり心配することはないが、アメリカの片田舎でマジメ一徹でそれなりにやってきて、そんなに裕福ではないけどハーレーだけは特別だという身の回りの友人が突然職を失ったことに自分は少なからずショックを受けた。
たくさんのメールの中からエドにはできるだけ言葉を選んでなぐさめの言葉と、今年はきっといい年にしようぜってメールを書いたら、すぐに返事が返ってきた。それは、しばらくは失業保険でなんとかなるけど、再就職の見込みもぜんぜん立っていないなどという悲痛な内容だった。
彼には大切にしているナックルヘッドがあるが、もしお金で困ることがあったら大切にしてくれる人に譲りたいから、オマエが買って欲しいということも書いてあったが、そんなこというなよって返事したら、そのあとはレスがなくなってしまい、逆にそのことが彼の苦悩の深さが感じられる沈黙でもあった。
ハーレーは楽しい。
けどその世界は、大多数の人にとって職とそれによる収入を得ることによってもたらされた余暇という楽しいことだけの微妙なバランスの上で、かろうじて成り立っていたことにこういう事件によって気付かせられる。その幸せな前提が崩れたとき、自分はそのいい時を一緒に過ごし分かち合ってきた仲間とどう向き合えばよいのだろうか。
これはエドだけの話ではなく、私の身の回りでもいろんなことが起こっている。誰にだっていいときもあれば悪いときもある。仲間だったらいい時だけではなく、悪い時こそ支えあうことのほうが大事だと思う。
私にできることはあまり多くはないかもしれないが、どちらかというと悪い時にこその人を支えていけるようにしたい。
そんなことをこの年の最初に考えた。