Harley-Davidson NEWS(ハーレーダビッドソン ニュース)#10 NEWS

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ハードコアチョッパーのラストカウントダウンに思う

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あと5回というファイナルカウントダウンという超自虐的な終了キャンペーンが行われているハードコアチョッパー。このハードコアチョッパーの編集長のマコナベ、某有名ショップの主宰で開催された話し合いの席のあと、オレのことをブンナグッテやるとか息巻いていたらしく、こっちもコノヤロと思ってたのでバイアスがかかってたのかもしれないが、最近いい本を作ってたと思う。
ホットバイクのパンヘッドとショベルヘッドのフィーリングを池田伸氏と対談してたときは、大丈夫かこいつとか思ったのはずいぶん昔でえらい変った。

イージーライダースの日本語版があって、バイブズがあってホットバイクがいろいろと試行錯誤して隔月から月間とかになるとかならないとか、そしてゴーグルがあって、ビッグバイククルージングがあって神山均さんがいろんなムックをやってたりしてといろんなことがあった20世紀、けど21世紀になってからハーレーの世界で物書きやってる人たちって何かを成し遂げたのだろうか?池田氏もいなくなったし人の入れ替えはボチボチあるけど、今後この世界誰がハーレー乗りを魅了してくれる雑誌を作っていくのはどこのだれ?

市場が成長したラッキーな時代だから部数も伸び、右肩上がりだったかもしれない。けどここから先はきっと暗い低成長時代にはいる。時代の節目にも。クラブハーレーもバイブズも編集長が変わる。新編集長おめ!といいたいとこだが、こんなピンチな時代にいきなり先代からバトンを投げつけられた彼らには頑張ってほしいと思うと同時にとても気の毒とだと思う。

雑誌はもっと海外に出なよということは、ここで再三言ってきたがもう一度言わせてもらう。
日本にカスタムシーンの評価は高い。市場の規模は日本の10倍はある。日本のシーンを伝えながら海外のシーンにもまれてほしい。そうじゃないと活路はきっとない。





プッシュロッドのガスケット交換 2

今日は一日ガレージにいました。
そう、プッシュロッドのガスケット交換です。エボリューションだとシリンダーを外してたりしてたのでその最中にガスケットを交換したりしたことはあるが、このマシンで自分でやるのははじめてだったりする。

順番に前シリンダーから処理していくのだが、前から1-2番を処理するのに3時間。なぜかというとOリングを変えて、プッシュロッドをゼロクリアランスでセットするのは簡単。けど、最後にカバーに留め金を付けるのに数時間を要しした。

ドライバーで全体重をかけて上からはめたり下からはめたりといろいろやってみたが、そもそもこの構造でパッキンを新品に変えると、取り付けのためのクリアランスがぜんぜんない。

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三番目のプッシュロッドもクランキングさせてなんなくロッドを取り外すこともでき、ここまではまだなんとかうまくいったけど、四番目ラストはぜんぜんクリアランスがない。これは取り付ける時だけどこのカバーを5ミリ削ってもまだまだOKというくらい。いやまあ削りませんが。

想像するに、ショベルとたぶん共通のガスケットではパンのクリアランスはきついのではないかと思った。ここまで三本やったけど、クリアランスは尋常じゃあないくらいない。そりゃ取り付ければ当分は一滴も漏れないだろうけど、ここまで作業がシビアなのは厳しい。

今週末いろんなOリングをみたが、

アッパーはコルク
センターはゴムのふにゃふにゃくん
ローワーはコルクかふにゃふにゃくん

じゃないとパンヘッドだとまともにつかないんじゃないかと思った。
少なくともショベルヘッド用の硬質なゴムはお話にならない。アッパーがコルクがいいなともったのは、コルクなだけに穴にジャストフィットすることと、ふにゃふにゃするゴムがアッパーにあるといろんな意味で不安定なのでこの組み合わせがよいと思う。


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前から三本目のプッシュロッドの裏。ははははははは、、、、、、
二本目のアッパーかとおもいきやオイル漏れが一番ひどいのはここだった。旧車乗りの方はプッシュロッドの裏を指でぬぐってみることをお勧めします。前からみても分からないことが・・・。w

今日はこの前のタペット調整で近所を試走中に派手にオイル漏れし、4キロはバイクを押した。
パンヘッドは愛しているが、二日もこのプッシュロッドとその他の整備に自分の時間がぜんぶ費やされているのはどうかと思った。

たぶん今後のやるべきことと言えば、前から四本目のローワーのガスケットを、コルクかふにゃふにゃくんに変えてもう一度く見直さないといけないんだろう。けどもうこれにかける時間的猶予がないし、ちょうどタイヤを交換する時期になっていたので、ピックアップしてもらって一緒に作業してもらうことにした。

ということで信じられないくらい二日ともガレージでひたすら作業していた週末でした。


プッシュロッドのガスケット交換

北海道を旅行中にオイル漏れの状況がひどくなってきたので、当然メンテナンスをすることにしました。

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チョップショップで買ったガスケット群。コルクはないですよーって言われてああそうですかって言ったのが後になってまずかったと思う。

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まずオイルタンクとオイルフィルター管のライン、ここから派手に北海道走行中に噴出してきたのでここから対処する。とはいってもOリングを変えるだけ。

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これがオイルライン。右下のは分かりにくいけど変形したリング。ここはゴムのほうがいいと思った。パンヘッドでも自分の年式が結構オーバーヒートに強いのはこの手のオイルラインの外側化が顕著な時期だからだと思う。

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次にプッシュロッド。前から二本目のアッパーから同じく派手に漏れてます。二番目だけを外すにはホーンを外すしかないので、一番も外すことにします。

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そんでゴムのOリングを上下とプッシュロッドカバーの真ん中につけていきます。上と真ん中はサイズが同じ。ベースとか重要だよねー。

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ところがどっこい、楽勝かと思いきやトラブル発生。真ん中のプッシュロッドカバーのところのゴムのOリングとカバーのクリアランスがタイトすぎて入りません。いや一応入るのだけどプッシュロッドをゼロクリアランスにして入れたあとカバーを固定するために動かせないくらいゴムがガシガシに入っているのです。

ここから格闘3時間。何度もやってみたが、プッシュロッドの取り付け後、カバーを固定するのはこのOリングだと無理という結論に至った。チョップショップには代わりのOリングはないと予想して、大磯のハイライトに電話。コルクの在庫があるそうなんで取りに行くことにした。

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そしてゲットしました、Oリング。コルクとやらわかめのゴムと二種類ゲットしたので明日試してみることにする。

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相変わらずなかなか入れ替わらないバックオーダー車両w

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スーさん、髪切ったみたいで印象がずいぶん違っていた。家族を背負うってことはこうも人を変えるのかとも思ったけど相変わらずナイスガイです。山の話をしたりスーさんのあたらしい家族の話とか。ついでにツルツルのリヤタイヤをお願いしておいた。またお世話になりまーす。

第4回 HDN北海道白金キャンプレポート その10

いつも北海道を離れるときには、もっと居たいという気持ちが強くやってくるのだけど、今回はそれよりも満足感が高かった。羅臼岳だけじゃなく十勝岳も登れたし、何よりも念願の白金キャンプに初めて参加できた。

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そして北海道最後の給油。店員の人がわざわざフラッグを勧めてくれたが、いえ、集めてないんでありがとうとやんわり辞退させてもらった。もう青春な人でもないからあの旗はなんとなく恥ずかしい。

来た時と同じで苫小牧は相変わらずガスっていて寒いくらいだった。今年の北海道は天候が安定せず来た日によって苫小牧の印象はずいぶん変わるらしいが、自分がインアウトするときの苫小牧は両方とも薄ら寒い日だった。

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そして苫小牧からまた本州へと戻る便へ乗る。行きと違ってバイクは100台以上いただろうかすごい数。その中で一週間前に同じ便で渡ったこのスポーツとファットボーイのカップルにまた出会った。彼らとはぜんぜん話さなかったのだけど、最後の最後に手を振ってあいさつした。

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帰りもまたカジュアルルームの寝台ベッド、この日の出港は二時間近く遅れてしまい、先に後発のはずの名古屋行きのフェリーが出港する。ボーッっと汽笛をあげて船が行く。両方の船の甲板には数えきれない人たちが出ていてお互の船に対してみんな大きく自然に手を振っていた。海ゆかばというか昔の連合艦隊の出港ってこんな感じだったんだろうと思った。お互いの無事を祈ってそして手を振る。

展望室でまた一週間前に出会ったフランス人ファミリーとも偶然再会した。自分もあちらもちょうど一週間のプランになってしまったからだろうか。彼らは大洗から成田に行き飛行機に乗る予定を気にしていたので、船員に状況を聞いて伝えてあげたら安心してくれた。船は遅れて出港するが寄港時間は変わらないらしい。

フランス人ファミリーと話し込んだ後、話しかけてきた大阪からやってきた男子二人と話し込んだ。彼らは北海道からの期間途中で冬からインドに行くらしい。自分がかつてインドにいったころの話をしてもりあがる。彼らとはツイッターのアカウントをシェアして別れた。いい旅が続くといいね。またどこかで会いましょう。

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旅は終わって、ボロボロなバイクと荷物とそして自分は日常へ帰った。何が変わったかといえば何も変わらなかったとも言えるけど、今年の夏の旅はよかった。何もかもが鮮やかに昨日のことのように今でも思い出すことができて印象が深い旅になった。

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人生は短い。
願わくば、タイヤが二つある乗り物が好きなだけなやんちゃな子供のような大人であり続けたい。

だから自分はバイクや自転車に乗って一人で旅に出る。死ぬまでそれが続けられるといいな
まだ見知らぬ人と北の大地の秘密は、来年の夏までお預けだ。ふくろうさん、ちっぴーさん、そしてすべてのみなさんに感謝。2011年8月のHDN白金キャンプでまた会いましょう。



第4回 HDN北海道白金キャンプレポート その9

山の疲れか夜はぐっすり眠れた。翌朝の筋肉痛はそれほどでもない。朝の天気は晴れ渡っていてキャンプ場にしみ込んだ昨夜の雨がほんのりと蒸気となって空へとゆっくり戻っていくような感じ。

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NHKのラジオをつけて今日の天気をみんなで聞いた。ところどころ夕立があるらしいが今日まではいいらしい。問題はこれからやってくる台風のこと。今日行けるところまでいってそのあと連泊を覚悟するしかない。

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朝から残りの肉を焼いて食す。片づけながらいろいろと向かう方向について話をしたが、チャンピオン夫妻は北へ向かうといい、ビギさんは知床方面にいくということになった。自分は夕方のフェリーに乗るからそれまでは最終日の自由時間。

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これ、自分のテントの横の木に巻きつけれらていた。御神木?外したりするとたたりがありそうなのでやめておいた。

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自分のと、ビギさんのバイク。このあとビギさんはキャブレーターのトラブルが再発し、旭川からドナドナになったようだ、羅臼岳は来年までお預けですね。

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最後に駐車場でパッキングして、そして美瑛から966号までみんなで走ってT字路で私は南に、他のみんなは北に分かれた、手を振りながら。

237号のガソリンスタンドで給油してるとオイルラインのジョイント付近からのオイルの吹き出しが激しくなってきているのに気付き、締めようと思ったがそういえばデカモンキーを回収していないことに気づく。ああ、そういえばすっかり忘れてた。キャンプ場に置き忘れたのかともと思ってもう一度キャンプ場に戻って周囲を探したがやっぱりない。ふくろうさんに連絡するとキープしていたということなので、ホッとした。あれは万能でフォークのアッパーを回せるのもあのサイズしかないのだ。

237号をそのまま降りて富良野から西へ、そして美唄まで一気に走った。
去年のお礼にジャンクライドさんに行かないと。

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ノーアポで行ったので残念なことにお休みでした。
残念。また来年はちゃんとアポ取って言ってこよう、この場を借りてお礼を言わせていただきます。去年はどうもお世話になりました。


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