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ツインテックと三拍子

04年のTC88キャブモデルに乗る友人からヘルプの連絡があり、イグニッションモジュールの取り付けを手伝ってきた。

モジュールの交換の目的は人それぞれだけど、今回の目的はいわゆる三拍子を出したいというやつ。誰もが一度は経験する悩ましいテーマだ。

ハーレーらしい三拍子を出すためにまずトライすることといえば、とりあえずアイドリングを下げることだろう。だが、この04年モデルTCで800回転ぐらいまでアイドリングを落とすとすると、エンジンがストールする。なぜだろう?

あとで調べてみると、純正のマップをショップで書き換えてもらえば大丈夫らしい。

どちらにしてもマップを書き換えてもらったとしてもストック状態でショベルのように600~700回転までアイドリングを落としてもエンジンにロクなことがないので、やはり点火モジュールを交換することになる。ハーレーの点火系には、ポイントやダイナSのような機械式ガバナーのついているアナログなタイプとフルトラと呼ばれる完全にモジュール化されたフルトラと呼ばれているデジタルなタイプとがある。

エボでは、ポイントからフルトラまでのチョイスが可能で、自分の98年のエボでは、フルトラから始まって、ダイナS、そして最後はポイントとどんどんアナログな方向に行き着きついてしまった。正直、綺麗な三拍子を出すなら機械式をチョイスするしかないだろう。

特にポイントをエボにするとフルトラやダイナSでは絶対に出ないほど、テッテケ感が出せる。とはいってもポイントは定期的なメンテナンスが必要だし、ダイナSは、マグネットロ-タ-を使うことにより磁気と磁気の接点(無接点)で着火信号を送ることでポイントで必要な接点の磨耗などのメンテナンスの手間がないが、日常の扱い安さおよび故障面においてノ-マルより問題が多くなったり、せっかくのエンジンをかなりデチューンすることになるデメリットも大きいので、そこは慎重に判断したほうがよい。

TCに装着できる機械式点火モジュールはないため、「SCREAMIN' EAGLE Ignition System」、「DYNA TC88」、「Fire Ball HI4-TC」、「TwinTec TC88/TC88A」あたりの代表的なモジュールからチョイスすることになる。

「SCREAMIN' EAGLE」以外は、ダイヤルを回すことでいろんなセッティングが試せるので、いろいろと乗り味をいじってみる楽しみがあるのが、経験上、三拍子を出すためにダイヤルで低速時の進角が遅くらせても TCではそれほど遅くはならず、綺麗な三拍子も出ない。どちらかというとダッダッダッという等間隔の連打音という感じだ。

そのため今回は、PC-Link KITが市販されているツインテック製のイグニッションモジュールをチョイスして、低速時の進角を遅めにする自作マッピングを作り、PC-Link KITを使ってモジュールに接続しインストールするという方法をやってみた。

このセッティング、PCとの接続設定などがかなり面倒くさいのだけど、ダイヤル接続で出せなかったアイドリング時のフィーリングをだいぶイジれるので、エボっぽい三拍子のアイドリングをTCでも出すことができる。ここまでやれれば満足できる人は結構多いんじゃないだろうか。

けれどやはり昔のハーレーのような迫力のある三拍子というわけではないので、これ以上追求したいのなら点火系だけでなく、フライホイールを重くし、カム、キャブ、インマニなども低速向きのものにデチューンするなど本格的にいじっていくしかないだろう。

ただ、これエボにポイント点火を入れた私のやり方と同じで、TCの持つポテンシャルを完全に消してしまうやり方なので、やりすぎには十分注意しよう。私の63年式のパンヘッドは、ストック状態で綺麗な三拍子が出る。点火はポイント、手動進角ですので当たり前といえばそのとおり。アイドリング時にスロットルを絞り、進角を遅らせると本当に止まりそうな綺麗な三拍子がでるが、じゃあいつもやっているかというとまったくやらない。

実はパンに乗り出して三拍子にあまり興味がなくなったというのが正直なところ。低回転でアイドリングさせると、発進時にエンジンがストールしてしまうと、またキックしなおすのが面倒だからという理由あるけど。ナックルでもパンでも、それぞれ綺麗な三拍子は簡単に出せるが、これぞハーレーと誰もが思える、らしい三拍子はやはり1340のショベルだろう。

個人的にカッコイイと思うのはナックルやパンのEL(1000cc)のモデルの三拍子のリズム。同じ三拍子を奏でてるのだけど、ラウンドタイプのフィッシュテールから出てくるサウンドと、コロコロと元気よく回る内燃機関からの躍動感のあるパルスが、本当にバイクが生きているみたいな不思議なリズムを奏でる。三拍子というのは奥深いもの、である。



(クラブハーレー 2007年9月号に掲載)



ショベルヘッド

 ショベルヘッドは1966年から1984年まで製造された空冷エンジンで、大きくは1978年までの1200CCと、以降の1340ccのものに分けられる。

 パンヘッドのスタイルを受け継ぎ、エボリューションへと切り替わっていくその過渡期にあったショベルヘッドの名前の由来は、ロッカーカバーの形がショベルに似ていたからだそうだが、昔からショベルに似ていると思っている人に会ったことがない不思議なネーミングのエンジンである。
 個人的には、吉田戦車の人気コミック「伝染るんです。」のしいたけ君のほうが似ていると思うのだけど、どうだろう?

 ツインカムから数えると二世代前のエンジンとはいえ、そもそもショベルは旧車カテゴリーなのか?とかいろんなことを考えながら、4月14・15日に開催されたインターネットWebサイト「Harley-Davidson NEWS(以下HDN)」内の掲示板で企画されたツーリング&キャンプイベント「走ろう、ショベルFLH」のイベントに参加してきた。 

HDN内にはショベルヘッドオーナーが集まるスレッドがいくつかあり、メンテナンスネタには「JUNE BRAND」のまるさんや「ハーレー屋まつもと」のおやぢさんなどショップオーナーさんもウンチクをたくさん書き込んでくれるおかげで、カスタムやメンテナンスを生業としている方の生なの声として読み物としてもかなり人気が高い。 

今回はそんなショベルオーナーが集うスレッドをとりまとめる中心人物のひとり、TERU氏の呼びかけで大勢のオーナーが大挙して週末の伊豆のキャンプ場に集結した。 ショベルは最終モデルが世に出てから20年以上が経つが、ここ日本においては再評価と継続的なブーム、そして何よりもオーナーの愛情によってレストアされたマシンが、元気に走り回る姿を数多く見かける。 今回集まったオーナーそれぞれも、オッサンから20代の若いコや女性まで、十人十色、ひとぞれぞれのスタイルでショベルと付き合っている。

 パン以前となると値段やメンテナンスなどの条件で多少敷居が高くなるが、ショベルはエボやツインカムと同じように気軽に門戸をたたけて、機関が持つ奥の深さも楽しめるバランスのよいマシンだし、峠でも高速でもソコソコ新型とペースをあわせて走れるのも魅力的だ。

 昔との比較になるが、これからショベルを選ぼうとする人はラッキーだ。
 私の車歴はエボリューションからパンヘッドへと一気に先祖帰りしてしまったが、実は一番最初に買おうとしていたハーレーこそがショベルだった。

 1990年頃、東京の下高井戸の甲州街道にあったショップ「イージーライダース」を訪ねたことがある。当時のイージーライダーズは、国産バイク向けのアフターパーツを多数扱っていたので、自分の用事はそちらの買い物だったのだが、隣にあったハーレーのショールームに立ち寄ってみたのだ。

 その頃からハーレーだけは別格扱いでショールームは当然別。それに加えて他のバイクは近くに駐輪できないという雰囲気があって、ハーレーにあこがれるライダーは、わざわざ遠くから離れた場所に自分のバイクを停めてからいそいそと遠慮がちにショールームに入るしかないほどど当時のショップからは特殊なオーラがプンプンと漂っていたのだ。(笑)

 勇気を出して入ったショールームには、数台のバイクが誇らしげに展示されていた。 1台はエボリューションのアレンネス風のアップハンドルとビレッドパーツで固めたハイテック系。昔流行ったエスカルゴフェンダーに絡み合ったファイヤーパターンというお約束のあの形。

 そしてその横にあったベージュ色のストリップのショベルFLHにワタシはガッーンとやられた。

 「うっ、これこそオレの欲しかった形だ・・!」

 今思うと、そこにあったのはストック然とした普通~のFLHだったのだが、250ccの単気筒に乗っていた私にはオーラが強すぎて、それから何年かはショベルのFLHはボス・ホスよりデカく最強にパワフルでワルイマシンだとずっと思っていた。

 当時国産のバイクのフェンダーはアメリカンでもFRPが当たり前だったので、ショベル=鉄のバイクという印象も強力だった。 そのFLHについていたプライスタグは140万円。

 まだハーレー・ダビッドソン・ジャパンもこの世になく、エボリューションはもっと高価な存在だったし、高金利と貧弱なローン制度のため、現金がないと買ってはいけないバイクの筆頭だったハーレーは、免許制度とあわせて本当に高値の花だったのだなと改めて思う。

 それから十数年が経ったいま、週末にショベルだらけのイベントに参加できるほどハーレーが身近な存在として世の中に存在することを喜びつつも、永遠に手が届かないアイドルのようなオーラがずいぶんと目減りした昨今の状況は少し寂しいような複雑な気持ちでもある。

 けど、もう一台バイクを買い足すなら、ショベルのローライダーかなと思う。
 今でもショベルは私にとって昔と変わらず永遠の、近くにありそうで遠くで見ているだけのハーレーなのである。


(クラブハーレー 2007年5月号に掲載)







スワップミートとオークション

 私がハーレーに乗り始めた1998年頃、純正や他のカスタムパーツを集めるための主な手段は、近所のハーレーディーラーなどで分厚いカタログを千円ぐらいでで買ってきて、FAXで注文するやり方だった。

 その後はインターネットで海外のショップのWebサイトにアクセスし、日本より安い値段で純正パーツを買うのが自分の主流になった。モノによって日本の1/3ほどの値段で同じものを手に入れられるのは、とてもうれしい方法だった。

 それでもロードキング用のレッグガードを航空便で送ってもらって配送料金が4百ドル。日本で買うより高いという痛いこともあった。そんな失敗含めて自らのサイフをはたくといろんな経験ができる。おかげでずいぶん買い物上手になったような気がする。

 丁度同じ頃、山梨に居を構えるカスタムショップ、「モーターサイクルズ・デン」主催の伝説的なミーティング「ハーベスト・タイム」が形を変えて「A-DAYミーティング」となった。このA-DAYの魅力のひとつがハーベストから延々と続くスワップミート。

 参加者は朝一番で目的のパーツをゲットするためにオープン前の会場ゲートに並んだ。もっとも当時、私は98年式のロードキングに乗っていたためA-DAY会場のスワップミートに出品されたブツには全く心がときめかなかったのだが今ではそれをとても後悔している(笑)。

 A-DAYが初めて開催されたのが確か1999年。それから世の中ずいぶんとアナログが消えデジタルになりネットワーク化されたようだ。そうそう、昔はミーティングで撮った写真を他のメンバーにプリントしてお互い渡しあったりしたが、それはデジタルカメラに取って代わった。ハーレー乗り同士の日々のコミュニケーションもインターネットと携帯電話がなくては成立しずらい時代である。

 さて、現在国内のハーレーの車両、パーツなどオークション機能は新旧に関わらずヤフーやBiddersなど大手ポータルサイトに登録さえすれば簡単に商取引ができる。とある友人は乗り換えのため愛車を手放す際もオークションで買手を見つけた。買取業者に売ったり下取りするより高値がつくそうだ。

 エボリューション以降は、国内のオークションでも十分いろんなモノを探せるが、残念ながらショベル以降とそれ以前はアメリカ本国のオークションと日本のそれは規模、質ともにまったく違う。
 さて、今回の本題だが、アメリカの代表的オークションサイト「ebay」を普段私がどのように使っているかちょっと話てみたいと思う。

ここebayは個人でハーレーのパーツを探す世界中のユーザーから、掘り出しものを売り買いする業者まで様々な人の欲望がうごめいている世界一ホットなハーレーオークションマーケットと言っていい。
 ebayにアクセスすると、私はまず「NOS panhead」と入力する。NOSはNew Old Stockの略で、いわゆるもう市場で売られていないデッドストックのパーツを指す言葉。探すのは1963年式のデュオグライド用のパーツだが、検索で「Duoglide」と入力しないのは、前後のモデル(例えば初期頃のショベル)などでも共通に使われているパーツを見逃さず、関連キーワードの中から自分が求めるモノをじっくり吟味するためだ。

 今考えると数年前は旧車パーツも比較的平和な様相だったが、ここ1~2年で急激に高騰し掘り出しモノが激減した。アメリカのマーケットへの日本からのの積極的な買いも原因のひとつと言われている。

 経験上、ebay上で日本からの入札があると落札金額が大幅に高騰することが多い。 NOSのプラグを数十ドルで落札した時、私が日本人だということが分かると「日本人には絶対に売らない。」と言って取引を一方的に破棄した売主がいる。

 「お前ら日本人はアメリカの魂を金に物言わせて買い漁って好き放題やっている。昔からのアメリカのハーレー愛好家は本当にお前らに迷惑してるんだよ!」

 当時はものすごく凹んだり、反対に怒ったりしたが、彼とは2年後別のオークションで偶然出会い和解し今ではよく連絡を取り交わす友達となった。その頃、日本がイラクに自衛隊を派遣することを小泉首相が決断していたからかもしれないが。彼はそれ以降、私をずっと"同盟国の友人"と呼んでいる(笑)。

 NOSパーツの適正価格は幾らが適正かと言われても正確に答えるのは難しい。最近、ファイバーグラスのサドルバッグのフタを落札した。

 パンやショベルに使えるハコのフタは、40年ほど人々の関心にあまり留まることなく過ぎてきただけに市場に出回ることも少なく、程度のよいモノは私も含めてマニアが積極的に獲得に走る貴重な代物なのだ。 同じ出品者からは"新品のサドルバッグとサポート"というファイバー系サドルバッグ業界では数年に一度という超豪華版掘り出し物も出品されていたが、当然イナゴの大群のような入札者が世界中から殺到し高額で落札された。

 その落札者が日本人かどうかは分からないが、同じ日に入札していたBUCOのウインドシールドの落札者は日本人で、それもいつも通りビックリするような金額なのはいつも通りのこと。 
 きっとあと10年ぐらいしたら日本のオークションマーケットにアメリカのハーレー乗りから入札がされるような日がやってくるような気がする。

 オールドハーレーは民間で取引される美術品のようなものだ。
 アメリカ人がその価値を再認識し、日本のマーケットにそれを取り戻しにやってくるまで、我々はそれを大事に預かっておく義務があるのかもしれない。

(クラブハーレー 2007年4月号に寄稿)




クラッチ

愛車デュオグライドのクラッチのスベリが最近激しい。

正常な走行が困難になる一歩手前まで来たようで、友人でもあり環八沿いでショップ「ラブ・マシーン」を経営するヘッタちゃんに修理を頼んだのが、しばらくは入庫が多くてすぐにはできないということで彼のアーリーライダース時代の後輩である大磯の「HILIGHT」の鈴木さんことスーさんを紹介してくれた。  

 「HILIGHT」はいわゆる修理専門のショップだ。私もいろんな店に遊びにいくが、実際自分のバイクを預ける店を開拓するのは始めての事。

 売り物がずらりと並んでいて、買ったあとのメンテナンスも保険もレッカーもなんでもOKな巨大な資本を元にたくさんの人相手に商売をしている昨今だが、彼のお店はお世辞にも綺麗とは言えない、まさにウィリアム・ハーレーとウォルター・ダビッドソンが1905年に創業したときに借りたような田園地帯の農機具置き場のような場所でのんびり口コミでやって来た人のマシンの面倒をみている。

 まず最初に症状を確認してもらうために店に行ったが、その前の道路を3往復してやっとそこに店があることに気づくほど地味な概観のショップだ。だが、店の雰囲気と彼の人柄はとてもよく、その日のうちにパーツの注文と翌週作業をしてもらうことを約束し車両を置いて帰ることに何の躊躇もなかった。

 翌週お店に行くと、スーさんがもうトランスミッションを途中までバラしていた。さて、ここから作業開始だ。とは言っても私は横で彼の手さばきを見物するだけだが。 クラッチ切れの悪さの原因はすぐに分かった。

 チェーンの著しいノビとガタ。それとプッシュロッドアジャストスクリューの締めすぎだ。
 クラッチ板はまだまだ全然使大丈夫・・・と部位を順番にチェックしていくが、それにしてもプライマリーカバー内の汚れがすごい。

 「ヘドロのようですね・・・。」とスーさんも呆れている。プライマリーケースを開けて内部の洗浄をDIYでやる旧車オーナーは結構多い。私も見習わなければ。

 その後、クラッチ板やシェルカバー、ハブなども分解して綺麗に灯油やパーツクリーナーで洗浄しながらひとつひとつパーツの磨耗具合をチェックしていった。

 コンフリクションプレートのガタはなかったが、クラッチハブのプーリーに若干傷があった。まだ使えるそうだがこれも時々チェックする必要がありそうだ。そうそう、初めて開けてみたプライマリーケースの下部に溶接痕を発見。開けてみて初めて分かる事というのも結構ある。

 次はクラッチをもう一度組上げていく。まずはハブを装着し、逆ネジのナットをインパクトで固定する。そして、その上に薄くグリスを塗り、クラッチ内部に油分が落ちないようにシェルを組み込む。

 その次に一次チェーン内のフロントスプロケットユニットを組み立て、プライマリーチェーンと一緒にケース内に押し込む。 このフロントユニットのスプリングの張力がフィーリングに影響するようで、アイドリング時にゴトゴトと違和感があるようだとここのスプリングがヘタっている場合もあるようだ。

 スプリングの張力は見た目で判断しずらい部分であり、アイドリングで異音を感じるようなら要注意だろう。

 最終的に一次チェーンの組み込むために、ミッションを前進させる。アスクルナットなどを全部緩めてフリーにし、そして位置が決まったらとうとうプライマリーチェーンユニットの完成だ!

 そして次はいよいよクラッチを組み立てる。クラッチプレートを順番に装着していき、プレッシャープレート、スプリングカラーを取り付ける。ここもスプリングの調整値があり、スプリングカラーのアウターディクスの間を1インチにするするよう純正マニュアルに記載されているが、スーさんいわく、スプリングの個体差があるためクラッチの切れ具合を見ながら臨機応変にテンションを調整するほうがよいそうだ。 

ちなみに私の調整は締めすぎだった。ノギスで測ってバッチリと思っていたが、なかなかマニュアルで一律というようにうまくいかないのがこのアナログな世界。いやー勉強になるよ、コレ。

 最後にマウストラップとクラッチの遊びの調整を行う。もともと車のように手でクラッチレバーを操作するハンドクラッチの構造をフットクラッチに変換しているこの時代のクラッチコントロールの構造は、とても複雑でスーさんが作業している横で見ていても複数のスリーブとどのスクリューをどういじって調子を出しているのかがよく分からなかった。

 マニュアルにはここの遊びを何インチくらいに調整しろとマニュアルには書いてあるのだけど、旧車の整備は感覚に頼る部分が多く、ここは整備士さん頼りなところ。もちろん乗る人にとってもいい状態を体で覚えておくことはとても重要なところで、感覚はいいバイクに乗ることでしか鍛えられないので、私はミーティングなどでコンディションのいいバイクがあると、音を十分聞かせてもらったり、乗せてもらったりしている。やはり自分の体で感じるパルスというのは別物で、よく整備された旧車は、そうでないものと100倍以上の感覚の開きがある。

 さて、スーさんが試走しながら調整した後に自分のデュオに乗ってみたが、テイストが全く別物になっていた。もともとドライブ部分を調整するだけで劇的に乗り味が変わりやすいバイクだが、ここまでフィーリングが良くなったのは本当に久しぶりだ。 「スーさん、グッドジョブ!あんたはマジに最高だよ!」

 という気持ちをクールに押し殺しつつ、初めてのショップだったので、作業終了後の請求書に何て書いてあるか、ドキドキしながら精算をしてもらったが、料金のほうはとってもチープスリルでこれまた最高でした!ありがとう、また絶対お世話になりまーす!


(クラブハーレー 2007年3月号に掲載)



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