Harley-Davidson NEWS(ハーレーダビッドソン ニュース)#00 NEWS Monthly Archives

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2000:05:21:22:37:50

阿蘇チョッパーミーティング その8

» 行くぜ!1200キロ!  帰りはまた耶馬渓を抜け行橋から10号で小倉から九州自動車道にのったのは夕方。山口県に入ると日もとっぷりと暮れ、急に寒さが襲ってきた。見た目を気にしてもしょうがないので、一番上からカッパを着込んで対策とする。パトカーがたくさん走っている。その訳はみなさんご存じの通り。どこかのPAに入ってガソリンを補給していると、突然場内アナウンスが流れて、「・・・・・で山陽道は閉鎖になりました。繰り返します・・・。」よく聞き取れないかったが分岐直前にある山陽道が閉鎖になったのねということで中国道へ向かった。 関門橋とデュオグライド    中国道は寒い。夏走っても結構寒いし夏はすげー夕立があったりと自然環境が下界と違う不思議なところ。日が暮れる頃は15度ぐらいあった気温はほんの1時間ほどの走行ですぐに2度になった。目一杯着込んでいるのでなんとかなる程度だが、とにかく寒い。そしてDUO GLIDEのシートはそれなりに快適だけど満タン分のガスを消費する頃にはかなりお尻がいたくなってくる。ガスを入れて走る。またガスをいれて走る。単純なそれの繰り返しをしているので、できるだけお尻のダメージをすくなくしようと両足で踏ん張る。バディーシートだとシートと足の位置が理想的なので、時間が無くて出発時にシートの交換ができなかったことを公開する。    中国道は給油所が少なくなる箇所があって、たまに100キロ近く間があくこともあるので給油タイミングには注意しなければいけない。このバイクの3,5ガロン(13リットルぐらい)ってのはすごく中途半端で、しかも油断して給油中にトイレに行ったりしていると、7分目と指示を出してもほぼ満タンに入れてくれる従業員さんが多くて、給油は苦労の連続だった。岡山のあるSAで給油したときにそれは起こった。油断しているとガスは満タン。醤油チュルチュルもないふざけたスタンド。そうしているうちにもガスが給油口一杯までやってきたので、従業員のおっさんに、「なんかスタンドに咬ませるモノ持ってきて!!!」と怒号を飛ばし、もってきたものをすぐにスタンドに咬まし、反対側にまわって一発キックですぐ出発。その後もなんどかそういうことをやるハメになったのですぐスタンドに咬ませる木片を荷物に結わえて走行することになった。    広島のサービスエリアに寄った時、なにげにテレビをみてやっとハイジャックのことを知った。テレビによると犯人は東京に向かえと要求を出しているようで、こりゃこの先の高速も閉鎖されたらかなわんと急いで犯人より先に中国道を抜けるため、また走り出した。結局西宮についたのは夜の12時半。遅い晩飯とコーヒーをとって、そのままその机で40分ほど爆睡する。テレビではずっとハイジャックをやってた。ハイジャック犯はそのサービスエリアからは動いていないようだ。ここの端の芝生はバイクを突っ込んでいけるスペースがあって、テントを張って寝ているバイカーが数人。ハーレーもいた。 こんな感じでニュースやってました 爆睡後に撮りました。寒いし寝起きで弱気モード    大阪を通過したのは午前2時ごろ。そのあともずっと走って、滋賀のレストインがあるSAに寄る。大量の移動中の車の人がカーテン降ろして仮眠している。バイクにのっている人も結構いる。関ヶ原越える頃から東の空が白みはじめる。名古屋を通過するころに朝日とご対面。阿蘇を出てから16時間。 関ヶ原を越えると明るくなりはじめた 養老から下っていくところ バイクもちょっと 木曽川です。電池が切れたので写真は最後  静岡の単調な景色の場所は、いつも長い道のりに感じる。時々眠気に襲われるため、大声を出して走る。歌も歌う。ららららー。トランス状態に半分突入。静岡県富士市手前で給油ポイントを間違えたため、ガス欠寸前になり、一度高速を降りる。車が増えてきて、通過した御殿場はICから降りる車が二キロ以上の列。こんなときに山中湖や伊豆なんていくもんじゃないとおもうけどね。    そこからは体力、気力が復活し、無事に神奈川県に突入。そして無事に午前10時頃自宅に到着した。距離としてはちゃんと計ってないけど1200キロぐらい。所要時間22時間。一度大分の山の中でプラグが死んだ以外は、まったくノントラブルでマイDUO GLIDEは走り抜けました。行きも入れると2500キロぐらい。購入後のトラブルも一段落して頼れる相棒に変化したのを感じれた阿蘇の旅でした。    同行したP、のん、YAS広と広島の方々、九州で向かえてくれたみんな、スタッフの人、出会ったみんな、それからサポートをしてくれた船場のヤスさんに感謝して今回のレポートを終わります。また来年いくぞ!
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2000-05-21

2000:05:21:22:23:08

阿蘇チョッパーミーティング その7

» 翌日起きたのはPくんが荷物をバイクに積んでいるときだった。彼はもともと3日はすぐに帰る予定だったのだが、周囲がまだのんびりした雰囲気なのに、これから急いで帰らなければいけないとはちょっともったいない。オイラも今日出発することは決めていたが、のんびりすることにした。みんなの見送る中、Pくんはさっそうと帰路についた。    周囲の道路がすごく慌ただしくなってどんどんバイクがやってくる。やっぱり今日を本番にしている人が多いようだ。そんななかのんびりしていると声をかけてくれたのが、ポリスさん、すがさん、だいさくさん、MIYAさんら、こっちのMCの面々。WEBでもしょっちゅうやりとりをしている訳でもないけど、こっちに来たからにはあいたかった人達。    残りの肉を焼いたりとかのんとダラダラしていると、ASKさんからの電話。あれ、来ないのでわ・・・。とおもったらフェリーのキャンセル待ちができて今鳥栖あたりのようだ。その日はちょうど博多どんたくの日と重なっていて高速の渋滞もひどいようで、あとどれぐらいかかるのかなんともわからない。オイラはとにかく12時待つことにする。そして12時ごろ、前日宮崎泊で今日こちらに向かっていたHALがやってきた。間に合ってよかった。    12時半。もう時間いっぱいなので、ASK氏と会えないのは残念だけど出発することにする。みんなが見送ってくれる中、会場を後にする。さようなら阿蘇。帰り際、前夜話し込んだ会場の誘導やっていた人がまた話かけてくれて、お互いまた再会を約束した。
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2000-05-21

2000:05:21:22:04:27

阿蘇チョッパーミーティング その5

» 激突、そして九州へ  関門トンネルは有料である。高速の料金所みたいなのがあって単車は100円そこで払ってトンネルに入る。問題の事件はそこで起こった。料金所を抜けた3台は一度脇で集まって、結構な交通量のトンネル入り口にこれから向かおうとしていた。まずPくんが勢いよく出ていって、そのつぎのん、それでおれ・・・。 のはずでタイミングをみて半分うしろを確認しながら前に出ると、そこにはいないはずののん号がいて、オイラのパンのタイヤ部分がのん号の左側リヤウインカーのところを押す形になった。のんとのん号はしばらくがんばっていたが、スローモーションでそれからゆっくりと倒れた・・・。    「ゴメン、大丈夫。」 駆け寄ってマシンを起こすと左リヤウインカーを破壊したようでステーも曲がってウインカーがブラブラしている。右側は大丈夫だったみたい。ゴメン、のん。当然オイラはタイヤで押したし、ゆっくりと当たったのでダメージナッシング、あーよかったー。    トンネルを抜けて九州側に出たところで駐車し、壊れたウインカーの応急手当をする。なんとか形になってホッっと一息。九州にやっとついたので気分も入れ替わって排気ガスの立ちこめる県道を抜け10号線に向かう。10号線は確か北九州あたりから大分、宮崎、鹿児島と九州の西側を結んでいるルートで、ほどほどに流れている。ただ今回はそんなルートよりももっとおもしろい道にしようってことで、行田市から耶馬渓のマイナーなルートを通ってやまなみに向かうことにする。    耶馬渓ってのはそれなりの観光地で車も多いところなんだけど、俺らが選んだ道はほんと山をぬっていくかろうじて県道の仲間ってかんじのみちで、ほとんど車も通ってないところだった。これが関東近辺ならこんな道まで車があふれていたりするんだろうけど、このへんはさすがに交通量もそんなにはない。耶馬渓特有の日本昔話に出てくるような山らしいかわいい山を抜けて福岡と大分の県境へ。やっと大分だ。ちなみに峠では意外とのんはついてくる。Pくんとオイラのペースはそんなにかわらないけど、二速でしか曲がれないようなかなりタイトなコーナーが何十も続いたのに彼は20秒ぐらいの遅れでやってきた。なかなか立派。     峠を下りてほど近い九重のまちで今晩の食材を買い込んで、いよいよ本番のやまなみハイウェイへ。  途中先頭を走っていたPくんが道を間違えたのもムリはないかもしれない。やまなみハイウェイっていう名前が呼称というかどういう位置づけになっているかは説明できないが、その道は阿蘇、なんとか線とかいう名称でしか表示されていないためにとまどうことが多い。しかし以前何度も休んだことがある水分峠のドライブインがあったので、オイラの場合はすぐわかった。    ここで一服していると関西から来ている若い二人組に話しかけられる。なんかクラブハーレーの読者の人で、この特徴あるパンを見て、すぐにわかったそうだ。なんか読者の人に話しかけられるってうれしいねってことで。    それでもってやまなみハイウェイに入っていく。ハーレーもたくさん走っていて、おおやっとこの地にやってきたぜって感じがめぐってきた。周囲の山々はまだ草木が青々とはしてなくて夏のまたずばらしい眺めとはちょっと様相が違っていたが、前方に名前はわすれたが煙を吹き出す頂が見えてくると、火の国っていわれる所以もわかるというもの。    うちらの一行はこの阿蘇のどこで今回のイベントがあるかをちゃんと把握してなかったので、中岳の近くまでいかなければと錯覚していたのだが、そうではなくてかなり大分県側でイベントが開かれているってのはたまたま信号待ちしていたときにずーっと右側にバイクが集まっている駐車場がちらっと見えてからわかったのだった。信号が青だったらきっと見逃して先までいってしまったであろう。    急遽右折して、会場へ。会場の誘導の人にあいさつしてバイクを並べる。ご存じの通り阿蘇チョッパーミーティングは原則として料金を取らないイベントで、しかも個人の方が20年間近く運営をしている。もちろん会場のスタッフはボランティアであろう。そんな人たちに感謝の気持ちをこめてあいさつしつつ、入場。やっとついたぜ!!!ってことで記念撮影。2日夕方のことだった。
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2000-05-21

2000:05:21:21:53:08

阿蘇チョッパーミーティング その4

» さよならYAS広 翌日は5時ぐらいに起こされる。なんと朝ご飯までいただき、出発準備。昨日のYAS広の残したオイル痕脇でエンジンをかける。タマルくんはやっぱこられないらしい。残念、また会おう。YAS広のご両親にも感謝感激。また泊めて下さい。    2号線を西へ向かう。工場の煙突が増えてきて岩国へ。ここは以前大雨のときに紳士服店の軒先で一夜を過ごしたことがあり、その店も残っていて懐かしい気分。そして信号待ちで別れは突然やってきた。    出てからまだ10キロほど。30分も走っていなかったが、YAS広号はどんどん垂れてくるオイルのためここでリタイヤ。ショップにこれから連絡してうんぬんとかいっていたが、みんな心で十字を切る。出がけに親父さんにか細い声で「息子をよろしくお願いします。」って言われたのが頭に残ったが、仕方がない。沈む船から脱出する時に、動けない人を置いていく気分ではあったが彼のことは忘れることにした。さようならYAS広・・・・。    YAS広に別れを告げてさらに二号線を西へ。霧が立ちこめた箇所を抜けると懐かしい南陽市。南陽ってなんか名前がいいね。通る道も懐かしい。宇部のあたりでたまさんのことを思い出す。このへんに確か住んでいるはず。Pくんに「たまさんってこのへんだよね。」って声をかけると、「知らない。」ときっぱり言われ、彼は行ってしまった。    山口県内の二号線は単調ではっきり言ってつまんない。道路の看板にそれを見透かしたように、「下関まであと**キロ」とか書いてあって、それを励みにがんばる。海の向こうに九州がすこしずつ見えてきた。
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2000-05-21

2000:05:21:21:23:49

阿蘇チョッパーミーティング その3

» 阿蘇,阿蘇チョッパー,ミーティング,九州 広島~~YAS広家訪問 Pくんはニワトリのようである。六時ぐらいに起きろとかなんとか騒いでいたが、のんとオイラが起きないのであきらめてどっかに行ってしまった。その後8時ぐらいにもう一度起こされたので今度はしょうがなく起きる。外はすげーいい天気。荷物をつんでると管理人のおっちゃんやら、どっかに向かうオフローダーの人たちと会話して出発。砂丘というか海岸線で記念写真もとった。     Pくんの先導で中国山地をななめに横切る形で広島へ向かう。マイナーな道をぐにゃぐにゃ走ってしまいには一部ダートのところまであってすげー田舎道を走っていくとアッという間に広島県に突入。まさに北海道並のペース。広島の平地部になるとどんどん暖かくというか熱くなって半袖で走っている連中も多数いる。三次とかあたりになると言葉にできないが、この地方独特の風景ってのがあって、それを越えて広島市に入ると道路も三車線とかになって都会って感じになる。運転のガラも急に変わる。 鳥取岡山県境、地図を見ているP&のん、この人はいつもこんな感じ    先頭のPくんが原爆ドームに行こうと声をかけてきた。正直めんどくさいとおもいながらもついていく。途中原爆公園の駐車場っぽいところがあったのでそこで曲がるかとおもいきや、Pくん自分の考えがあるらしく先にいってしまうので、のんと二人で追いかける。おいついて話しかけるとあそこまで行けばすぐドームだよっていって右折レーンに入って右折帯の中で右折。のんとオイラも続く。曲がったところでパトカーにすぐご用と相成った。なんか名所みたいでパトカーもそれ狙いで待ってたみたい。三台とも止めさせられて切符を切られる。Pくんは抗議してたけど、オイラはあとで抗議できるように現場の証拠写真を淡々と撮る。あれは標識がおかしいね。まあすんでしまったことだけど。    つーことでケチがついたので気分が悪くなったりもしたが、旅は長いので気を取り直してYAS広と待ち合わせをしている宮島のフェリー乗り場へ向かう。途中からは2号線のバイパスになる。ここのSAは以前夜中に通ったときにすっげー暴走族だらけで、さすが広島っておもったことがある。帰宅時のラッシュをぬって宮島に到着。YAS広はまだのようだった。    しばらく待っていると、若い兄ちゃんが話しかけてきた。もしかしてYAS広?超ナイスガイじゃん!と思ったが、話をしてみると彼はYAS広の幼なじみのタマルくん。YAS広はバイクのオイルタンクからシャワーのようにオイルを吐き出すそうで、急遽ショップに入院しているらしい。しょうがないのでそのショップへ向かう。    五日市にあるそのバイク屋(名前は忘れた)にいくとYAS広もいて、バイクは修理の真っ最中みたいだった。もう出発の前日の何やってんだよ!とみんなにキャラクター通りいじめられるYAS広であったが、2時間ぐらいでなんとかバイクもタンクを交換でき、みんなで出発。今晩はYAS広邸に泊まらせてもらい、バイクはタマル君とこに置かせてもらうことになった。暗くてよくわからなかったがYAS広号はその帰る途中、オイルを後続バイクに向けて噴出。後続バイクは難儀となったのでした。    YAS広んとこには船があるらしく、おやじさんの釣ってきた魚やらすき焼きやらで手厚い歓迎を受けることになった。出発して二泊目。あー今回はいい旅や。布団に寝れるなんてしあわせ。(テーブルを囲んで)
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2000-05-21

2000:05:21:20:29:17

阿蘇チョッパーミーティング その2

» 中国山地夜間走行 中国道の山崎で高速を降りると、それなりの街があった。帰宅を急ぐ車の列をのろのろ走っていくとどんどん車が減ってきてペースがあがってきて、それに伴って山がどんどん迫ってきた。オイラがそのとき通ったのは29号線。どっかに峠があるようで峠まで何キロって表示が時々現れる。そのうち真っ暗になって6Vのライトを3発つけているにもかかわらず先のコーナーがぜんぜん見えなくなってきた。ずっと後から走ってきたランクルが追いついてきて照らしてくれたから走りやすくなったけど、先に行きたそうだったから行かせてあげたが、とたんに暗くなって先がまた見えなくなった。    しょうがないのでペースを落として峠をひたすらのぼっていく。雨と一緒にどんどん霧が降りてきて、もうどうにもならん!!と思ったときにやっと峠がきて下りに。鳥取側に降りていくとどんどん天気がよくなって最後は晴れの場所になった。峠を下るあたりからタンクがリザーブになったのであせっていたがなんとかガススタンドも見つかって一安心する。    鳥取市内はいぜんビラちゃんと砂丘横の駐車場にテントを張ったときにうろうろした経験があるが、道路の感覚がちょっとつかみにくい。ああ、ここって通ったなと懐かしい感覚がときどきよみがえ理tつつ、順調に道にも迷いつつやっと8号線へ。    今晩の宿は北条砂丘オートキャンプ場とかいうとこでここで地図を見直すとすっげー鳥取市内から遠いやん!!ってことでちょっとがっかりしながらさらに8号線を西へ。で1時間ほど走ったところでたまたま信号待ちをしていたら、横にひっそりとそのキャンプ場の名前が・・・。くねくねした駐車場へ入るとどっかで見たビレットファットボーイとチョッパーが自販機の明かりに照らされてひっそりと佇んでいた。
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2000-05-21

2000:05:21:20:18:15

阿蘇チョッパーミーティング その1

» 東名を行く  なんで阿蘇になんかいくんだと思い出してみれば、それは確かチャットだったかな。確かPくんだったと思うが、ヨメさんに許可もらってのんを誘っているところから今回の旅のことを知ったと思う。 それでオイラも結果的に同行することになったのだが、なにせ九州。とにかく遠い。 九州は過去に複数回行ったことがあってそれはそれぞれ楽しい思い出であるが、なにせ昔の経験がないころに通った時などは、1,2,3号を遠って向かったこともあったりと、今から考えるとまるで修行のような旅だった 。そんな旅の隅々まで覚えているわけではないけど、すごい台風に出くわしてヒューズが飛んだりとか都会の工事現場で寝たりとか、大変な思いをしたことは決して忘れなかった。マシンは別として、あれからすると格段に良くなった装備と同行する仲間は今回どんな旅を見せてくれるのだろうか。  土曜日早朝出発の予定は見事に崩れた。 金曜日から土曜日になる時間帯にのんの携帯へ電話。仕事で明日の出発ができないことを告げる。まあ準備もろくに出来ていないのでまあいいかということで、翌日は仕事に専念する。翌日早朝のPくんとのんの様子は報じられている通り・・・。その後土曜日も頻繁にのんから電話が入り、その日は福井のキャンプ場で滞在することになったらしい。もくもくと仕事をしながら、まだ明日から九州へ向かうという実感がわかず、準備もほとんど手つかずで1日を終えた。    日曜の朝、のんびりと準備をして出発したのは10時過ぎ。関東地方は結構な晴れモード。関西以西は雨のようだけど出発する時に天気がいいってのは気分がとってもいい。バイクにのるのは2週間ぶりだが、チョークをめいっぱい引いて空キック2発。チョーク戻してマジキック2発でパンはいとも簡単に火が入った。 進角煽ってしばらく暖機して出発。エンジンが暖まりきってない近所ではときどき身震いするような息つきをしたが、東名高速に乗る頃にはエンジンのフィーリングもよくなった。GWのはじまりとはいえ、さほど普段の休日と変わらない込み具合の高速で西に向かう。    高速道路でのパンヘッドエンジンはやはりぜんぜん非力。これははっきりといえる。最高速として出るには出るが、のんびりと走っているのが気持ちいいエンジンってのは間違いない。いつも給油する牧ノ原SAまで結局一台も抜くことなくマイペースでたどり着く。天気は相変わらずめっちゃよくて、走っているバイクも何台かいた。    そんな感じでずーっと走っていると、ちょい先の路肩にバイクがとまっているのが見えて、もうちょっと近づくとそれがハーレーだとわかって、その人は携帯で話をしていて、通り過ぎるときにそれが赤黒ツートーンのパンヘッドってわかった。エンブレムからするとDUO GLIDE。こんなとこで同じバイクに会えるなんてすげーとおもいつつ、トラブルかどうかわかんなかったので、シカトする。トラブルだったらゴメン。と気持ちは揺れつつも、自分にもトラブルが起こらないことを祈る。    関ヶ原を越えて滋賀に入った頃から雨がちらほら。やべーなと思ってパーキングに入ると、箱根越えるぐらいから一緒のペースで走っているバイクの一団もカッパをきていた。オイラが80キロぐらいで走っていている横を矢のように抜かしていく人たちだけど、急いで走っても5分も休憩していると追いつくってと思いながら、合羽を着る。船場の岡田さんから心配の電話。朝から5回目ぐらいかな?    ちょっと行ったところで事故渋滞。ずーっと前にすごい勢いでかっとんで行ったレガシー系のツーリングワゴンが中央分離帯をぶっこわして、路肩に止めてあった。うなだれている運転手らしきあんちゃんと茶髪のおねーちゃん。連休初めなのにかわいそーに。    大阪の吹田を抜けて神戸近くのPAに寄ったのは18時半ごろ。そっからは激しい雨になった。
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2000-05-21

2000:05:21:19:49:49

ファミリーキャンプ その1

» 前述   はじまりは去年の夏。ネットの友達とキャンプに行くからうちも家族で参加しようと言う夫。3歳の娘とわずか9ヶ月の息子を連れてキャンプなんてなにを言ってるんだろうといぶかる私。なんだかんだとまるめこまれ初キャンプ。  続々とあつまってくるなんだかうるさいバイク達。そんな見かけとは逆にとても気のいい面々。すっかりまきこまれ。その一ヵ月後にはネットデビュー。そして今では夫婦でネット中毒。 家庭放棄の道具バイクは私の敵でしかなかったのが、タンデム用にメット・グローブまで買う始末。  そしてここのところ、Tool boxの『家事と育児とハーレー』のコラムやHDNのtopページでの記事を読み。家族で夫の趣味に付きあう方法とは。たまにはこんなのもありではと今回のファミリーキャンプの企画となりました。 第一日目    5月13日 千葉県袖ヶ浦でファミリーキャンプ開催。 2~3日前からなんだかあやしい天気がはじまり、時間とともにくるくる変わる天気予報。子連れゆえ雨天は中止にしようというなか、前日の予報で降水確率20%で開催決定。 しかし当日の朝はいまにも泣きだしそうな空。キャンプ場に向け出発したものの、どんどん暗くなり重くなっていく雲。なんとか雨よ降らないでの願いも届かず落ちてくる雨。雨。雨。  10時30分にキャンプ場到着。降ったり止んだりのなか、タープ・テントの準備。そんな時LBMさん夫妻、愛娘、友達の芝山夫妻、今井くん到着。さすがLBMさん達、皆自作の革のベスト着用。自作のチャップス持参の人も。もちろん手縫い。すごい。  その後、悪天候のせいかなかなか来ない参加者。案の定、雨男Zくんが雨雲を背負って海ほたるで2時間程足止め。14時過ぎにやっと低い地響きとともに現われたDuo Glide。taku、Hitton&ベイベ、amigo、ぞめ、こじ、からさわくんとtaku。いきなりぞめのバイクに接触しこけるこじ。 やっと並びはじめるあやしいバイクたち。さっそくおきまりの見学会。ほどなくHALも到着。  もと牧場のキャンプ場、雨のあいま子供たちは<やぎ>や<うさぎ>に草をあげ、ぬれねずみになりながらも上機嫌。テントは雨も忘れさせる格好の遊び場。ぞめはすっかり子供のおもちゃに。  仕事のためひきあげるLBMさん一行。それとは入れ替わりにTool、奥様、愛娘が車で、にゅり&なおがバイクで到着。花見キャンプにひきつづき悪天候のなか遠方からバイクで来たなおちゃん、えらい!  はれてハーレー乗りとなり『いじり壊し隊』に入隊したにゅりは、前夜突然ハンドル交換をしマシンをブレーキ不調に陥れ隊員の責任をはたしたらしい。そのバイクをだましながら駆り、途中Toolの協力で修理。無事到着できホッ。くれぐれも無理は禁物!!!そして日帰り組のamigoが帰路へ。アディオス アミーゴ!!  バンドの練習をひかえながら、酔っ払いぐずるぞめを、まじめな(?)からさわくんがひっぱり、こじと3人でbye-bye。 こじはキャンプ場にいるあいだ中、ず~~~と笑い。わらい。  あいかわらずの雨のなか宴の準備へ。そのころ、たけ家到着。奥様と愛娘、ご子息と4人で車で参加。 テーブルセッティング、食材の用意。どんな思惑があるのか、なぜかよく働く男性陣。  乾杯には大阪のbbちゃんも電話で参加。子供達用におもちゃの差し入れまで送っていただき。bbちゃんどうもありがとう。  今夜のメニューは焼肉にとん汁。HALが腕をふるったとん汁はもう最高のうまさ。Thank you HAL。 料理をつまみながらお酒を飲み。興奮してはしゃぐ子供達も次々に眠りにつき。飲んで騒ぐメンバーがいないせいか、妻子連れのせいか、その夜は静にふけて行った。
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2000-05-21

2000:05:09:23:17:27

サトミちゃんとFLH

» さとみちゃんとFLH
Categories : Shovelhead

2000-05-09

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