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旧車にはまった理由

 ハマった後でその奥の深さに気づくというのは趣味の世界によくあることですが、ハーレーについても同様のことがいえます。初めて新車のハーレーを手に入れる時分には、そのハーレーが一生モンと思ったり、それを手に入れることこそが唯一の終着地のように思えるのですが、実際に買ってしばらくするとその感動も薄れ、しかもそれは奥深いハーレーの世界のほんの入り口にすぎないことがわかり、あれ?もともと欲しかったのはこんなんじゃない!もうちょっといじれば完璧になるはずだと、そこから自分の好みに外装を換え、給排気系をいじり、せこせこと散財しながら、さらにその先にあるであろう自分のゴールを目指すのです。が、同時にミーティングなどハーレー独特のコミュニティーに参加するとともに、どうしても見ずにいられないものがあります。それが旧車いわゆるクラシックハーレーです。

 ミーティングに行くとそれは顕著になりますが、日本では現役のナックル、パン、ショベルなど、いわゆる旧車と呼ばれるハーレーをかなり目にします。レストアされた車両、チョップされて全く生まれ変わった車両などその形は乗り手によって様々ですが、一台ずつがはっきりとした個性を持った車両として新車で売られている車両とは違った形で存在しています。過去に新車のハーレーしか意識していなかったとしても、一度日本のハーレーシーンの中にある旧車の世界に気づき、あっちもいいなと思うようになったことは新車を買った誰にでも一度あったかと思います。

 そういう私の場合も新車を買った時点では、旧車の世界にさほど興味はありませんでした。最新のマシンより古いマシンが尊ばれる暗黙の日本の状況があることは買った後で気づきましたが、一台目のハーレーとして購入したエボリューションのロードキングはオールドっぽい外観を持ちながら、現代っ子としての強力なパワーと耐久性を兼ね備えてましたから、所有欲と実用性を兼ね備えた最高のマシンだったと今でも思っています。また当時のわたしの乗り方は毎日の通勤からツーリングなど含めて2年間で3万5千キロという結構なハイペースで、しかも北海道や九州から高速で一気に東京までというマシンいじめな走り方をよくやっていたので、毎日何の心配もなく乗れる相棒を選んだというのは当然のことでした。

 しかし、なんでそんな私が旧車に乗り換えたかというと、やっぱり古いハーレーのもつ外観の色気に負けてしまったということです。(笑)エンジンのフィーリングは乗ってみないとわかないし、ネジ一本のオリジナル度なんてぜ~んぜん関係ない私の場合は、ただ単にこのデュオグライドの美しさに一目惚れ。今年になって前号に掲載された通りエイヤッとめでたくゴールインしたのですが、購入にあたって気になったのはやはり実用性。しかしデュオグライドはハーレーとして初めてリヤサスが採用されるなど、フレーム、グライドフォーク、サイドバック、ウインドシールドなどなど、その設計と装備は、現在のロードキングとほぼ同じ。つまり(たぶん)今までの自分の乗り方を変えずにガンガン乗れる旧車としてはデュオグライドが実用的にも最適だという読みもあったわけです。

 で、最後になりましたが、このコーナーでは元エボリューション乗りで実用性重視の私が、一応装備はロードキングと同じだけど、1963年というまだビートルズがデビューしたばっかりの年に生まれたデュオグライドという旧車と、どのような付き合いをしていくかを実際にあったことを交えながらレポートしていこうと思っています。一般に壊れるだとか遅いだとか実用性を犠牲にすることが多いと思われている旧車の世界ですが、それがホントなのかどうかについては皆さん同様、まだ私にもわかりません。ただ、その辺を明かしていくことで旧車に興味のあるみなさんの参考になればと思います。ということで次号からのレポートに乞うご期待。

(クラブハーレーに掲載)




旧車とは

一般に旧車というと、古いエンジンがついてりゃ旧車と呼ぶことができますが、ちょっと勉強すると、同じ48パンでもフルオリジナルいわゆる未OHで塗装、外装もオリジナルな車両と、外装のオリジナル度は同じでも再塗装、メッキ、OHされた綺麗な車両では、同じ旧車であっても前者のほうが価値があるということがわかってきます。

見た目としては一般的に前者はボロく、後者の方が当然美しいにも関わらずです。新車のエボ、ツインカムでもずっとドノーマルのまま乗り続けられる車両はそう多くはないので、数十年の歳月をそのままの姿で過ごしてきたドノーマルの旧車はやっぱりすごいとは思いますが、まだ旧車の世界の入り口に立っているだけの私としては、ネジ一本のオリジナル度にこだわる諸先輩方には、まだ冷めた目を向けています。



雪キャンプ

この手の企画、行き当たりばったりキャンプとしては前回の伊豆に続き二回目になりますが、今回も満足のいくキャンプとなりました。

今までいろんなミーティングに出かけましたが、ミーティングはその主旨のために大勢があつまる場所に大勢で集うというパターンが多く、それはそれで楽しいのですが、何千台も集まる個々のミーティングがその巨大化に苦慮しているように、そのイベントの中で見つかる私としての楽しみもすでに限界が見えたような気がします。今年も決めたイベントにはいくつもりですが、それと平行して、こじんまりとしたキャンプというか行き当たりばったりの野営シリーズも続けて行くつもりです。今回来れなかった人も次回はぜひ参加を検討してみて下さい。という訳で以下レポートです。

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 寒風吹きすさむ山梨県の中央本線穴山駅。ここに集合時刻の11時に集まったのはヒロシちゃん一人だけ。もっとも私も近くまでは来ていたものの、20号線からちょっと離れた山間のこの駅はちゃんと探さないとなかなか見つからない無人駅。20分ぐらい遅れて到着した私と誰も来ないねってダラダラしているとYOUちゃん夫妻が現れた。遠くに見える北アルプス含め、周囲の山々には現在進行形で雪が降っているのがありありと見え、自分たちのいる駅周辺でも粉雪がチラホラまっている。携帯の留守電を聞くと takaちゃんが諏訪以北は雪だということは教えてくれたので、早々に松本行きをあきらめ、代替地を検討しつつ、無人駅の待合室を占領する。電車を待っている地元の中学生ぐらいの女の子は見慣れない連中に恐れをなしたのか、寒風の中を出ていった。

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 当日参加を決めたナベさんと須玉ICで落ち合う。キャンプするのは花園以来だけど、そんときはほとんど酔っぱらって記憶がないから久しぶりだなとがっちり握手。とりあえず近くの道の駅みたいなところで蕎麦を食う。蕎麦を食っているとだんだんとまったりしてきて、北行きは中止に決定。そのへんでキャンプをしようということになる。これが行き当たりばったりキャンプのいいところ。場所を決めていたらそこまで行かないといけないから。

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 今いる場所から近いところを地図で探し、アルプス側の白洲のあたりにキャンプ場がたくさんありそうだったのでそこへ向かう。そのへんでテントを張り、近くのサントリー白洲工場でワインの試飲をすることにした。500円で飲み放題とかいう妄想で一同盛り上がり、元気良くキャンプ場を探す。

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 しかし3月という事もあってキャンプ場はどこもやっておらず、別荘地っぽい周囲の景色は、いきなりの野営を拒むような雰囲気でした。あるキャンプ場に電話を試みてもつれない返事。ああやっぱりおれ達はこんなハコに収まる器じゃないよなということで、地図を見ながら周囲の林道の終点で野営をすることに決定し、一度別れて探索をやることに。そしたら北アルプスのある登山道入り口に地図にも載っていないキャンプ場があることを発見。水道は使えないが、湧き水もあるグッドなキャンプ場で、近くの売店の管理人の人にも許可をいただき、しかも無料&貸し切りということで最高の野営場を最終的にゲットしたのです。
 
 テントを張って、ナベさんと私は買い出しに出かけましたが、近所の人はいつもどこで食材を入手しているのだろうかと不思議になるぐらい店がありません。たどりついた長坂の寂れまくった商店で、ない在庫からようやくおでんができることを発見。焼き物とあわせて今夜のおかずをなんとかゲットしました。また途中酒のディスカウントストアをすばやく発見していた私は、そこまでの道を正確に案内。ナベ氏に、「たくちゃん酒だけははずさないよなー。」と感心されることしきり。今日のお酒は、ビール6リットル、ワイン1.8リットルと日本酒一升半って感じです。

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 てな訳でキャンプ場に帰ると火もほどよくおきていて、すぐに宴ははじまりました。水の出ない炊事場はブロックに囲まれていて、格好の宴会場へ大変身。調理用と暖をとるための火をそれぞれ作って、まずはビールで乾杯。チープな冷凍ギョウザや化学調味料だしのおでんもこのすばらしい環境の元では、超一流のディナーとなります。大人数だと食事を作って分けるのも大変ですが、5人ぐらいだと和気藹々と食事も会話も楽しめます。ってなわけで小屋の外はチラホラと小雪が舞う中でも、本日参加しなかった方々から詫びの電話を肴に日本酒、ワインをがぶ飲みして体の芯まで暖かくなった一同は、とってもハッピーな気分でした。
 
 酔いが回るとエンターテイメントも欲しくなるもの。気分はブレアウィッチってな訳で真っ暗闇の森の中を歩いて薪探し。小雪がチラホラ舞ってきて冷え切って張りつめた空気の中、ランタンの光を頼りに歩くのはテンションが上がって大声を張り上げている5人。なんとも楽しい思い出になりました。お酒を飲み終えたところで、宴はお開きになり寝ました。
 
 完璧な装備だったので、寒さもほとんど感じず、快適な目覚めから覚めると、YOUちゃんの声。テントを出ると、あらら周囲は一面の銀世界。第一印象としては、困ったとかいうよりすげーという珍しいモノを見たという喜びのほうが強かったのです。前夜の粉雪は牡丹雪にかわり、これからも積もって来そうな勢い。

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まああわててもしょうがないよなということで、バイクに雪がつもることはそうそうないので、とりあえず記念写真をパシャパシャ撮ります(なかなかこんなのはない)。そのうちみんなも起きてきて、いやーやばいねーといいながら、行動派のナベさんはテントサイトの乗り入れ口を雪かきしだしました。手伝うヒロシちゃんは飲み過ぎでかなり気持ち悪そうで、あとでお好み作ったそうです。

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 雪かきも終わり、一同はそうそうに撤収することになり、マシンのエンジンをかけようとしますが、セルの人はセルがまわらず、わたしはわたしでキックでかからず、かかっても寒さと標高の高さからか出力が上がらず苦労しました。なんとかテントサイトから林道をでてアスファルトの道路まで降りると、下界に雪は降ってませんでした。そうです、テントを張ったところは、北アルプスのほんとの麓にあたり、山に吹き付ける雪がそのまま降りてくるところだったのです。下界も同じ雪だったら大変だろうとビビっていましたが、雪が降っていたのは山沿いだけだったので助かりました。20号を下って甲府までの空いた道を颯爽と走り、途中でほうとう食って、またガラガラの20号を帰ってきました。

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 今回のキャンプでは二つ勉強をしました。ひとつは成せばなるということ。今回のようなキャンプはいろんな不確定要素が多いため、事前に計画されたキャンプと違って現地での苦労も多少あるのですが、天気だとか周囲の状況でどんどん変えていけるので、その分おもしろさもあり、行き当たりばったりでもどうにでもなるってことが今更ですがわかりました。もうひとつは、バイカーも(この言葉は好きではないけど他に言葉がないので)自然をもっと知らないとダメだなということです。山だとか海だとかその世界の天気ってのは普通の天気予報には出てこない気象です。特に冬に関しては、その土地の気候を勉強すれば、もっといいキャンプができると思いますよ。今回は雪にこそ降られましたが、そんなに寒くもなく快適でした。ということで。
  






















デュオグライド購入

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アメリカでBob Dylanが若者に向かって「For the times they are a-changin'」と歌い、一方のイギリスではデビューしたばかりのThe Beatlesが「I want to hold your hand」を歌っていた1963年。

世界は冷戦のまっただ中でベトナムではすでに小競り合いがすでにはじまり、アメリカでは公民権運動が激しさを増していたころで、キング牧師があの有名な「I have a Dream...」ではじまる演説をした年でもあります。 

今回、63年式のDuo-Glideを買ったわけですが、それまでに紆余曲折やらがあったわけではなく、初めてみた98年のバイブズミーティングの帰りに立ち寄った船場でたまたま気に入ってしまい、それからなんとなくやりとりを重ねた一年ちょっとの期間の中で知らないうちに今回の購入までいってしまったというのが自分から見た客観的な気持ちです。 

バイクを買うときに、毎日待ちこがれて納車まで至るってのもなかなかいいなって思いますが、Duoを買うって約束してここ一ヶ月ぐらいってそんなにそのことを考えたこともなく、ただ単に日常の忙しさや直前までかかったロードキングの売却のことやらではっきりいってそんなに意識しないで納車を迎えることになりました。

行きの新幹線の中でも途中の停車駅の名古屋につけば名古屋に住んでいる友達のことを思い出したりと一人で電車旅をしているような感覚。 ところが京都を過ぎて大阪までもうすぐって時になってなんとなく、ああこれから手に入れるんだよなーって感覚がじわじわと実感として浮かび上がってきました。

同じ道を過去に、修学旅行で来たなーとか、ドカチャンバイトの時に来た、スティードできた、オフ車で、仕事で、ロードキングできたとかいろんな時にいろんな形で来たことすべてを思い出しながら、ああ、また新しいヤツでこの町に来るんだなと実感がちょっとだけわいてきました。 

大阪の町は小さい。御堂筋線にのってさらにガラガラの中央線にのりかえるとあっという間に船場のある高井田のあたりまで来た。約束した時間までもうちょっとあるけどとりあえず下のガレージ脇の部屋を覗くとスタッフの三人がいて迎えてくれた。

入口付近にオイラのものになる(なった?)そのDUOが置いてあって、ああそうかこれだこれだって感じでとたんにうれしくなったというか事実としてああはじまったって感じがした。けどなんかまだふわふわした現実感みたいなのがあって、細見さんに「これのっていいですか?」とかわざわざ断りをいれてしまった。

 ちょっとするとお兄さんの学さんと 自分がまだこの世の中に存在していない時代を考えるとき、それはまた不思議な感覚と共に歴史を眺めることになります。バイクの世界では、



船場に行ってきましたレポート

Written By 明日香

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えーとまず、のんちゃんだけが車だった、
と思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、僕も同乗させて頂きました。

金曜の午後11時の段階の道路情報によると、
京都・三重・滋賀・愛知で雪が降り続いて速度規制がかかっており、
とてもじゃないけどナックルでは走れない、とふんだため、
なにがなんでも船場のやっさんに会いたかった僕は、
ちょっと心配気だったのんちゃんを強引に言いくるめて(笑)、
車で行くことにしました。

先発隊の「つよ・前・P」は午前1時に出て、
後発隊の「のん・僕」は午前3時過ぎに東京を出ました。

積雪ですが、東名阪・西名阪に乗ったのが、
昼をかなり過ぎてる時間帯だったので、
外気温は6度とかなり低かったのですが、日差しが強かったため、
民家の屋根に雪が残っているものの、高速には雪がありませんでした。

んでまぁ、大阪の外環(首都高速みたいな高速)の降り口を間違えたりして、
結局16時頃に船場入りしました。
まず、表にいらした船場の学さんにご挨拶して、
2階に上がると「前・P・つよ」がくつろいでました。
無事についてたんだー、とほっとしてると、たくはんが上がってきて、
さらにやっさんにもお会いしました。

やっさんとはかれこれ4年(途中ブランクがありますが)の
お付き合い(?)になりますが、ネットのせいというかおかげで、
何枚も写真を見たりメール交換したりで、康さんの「人となり」を知っており、
想像していたより感動が少なかったのが残念でした。

その後、疲れはてた僕は椅子で寝てしまい、
たくはんの納車式の模様は一切立ち会ってませんですー、あしからず。

さらに夕方に電車で駆け付けたすぷ兄も合流して、
値段も味も雰囲気も最高!!! っていうお好み焼き屋さんへ8人でGo!
(申し訳ないことに、やっさんにご馳走になっちゃいました、えへっ。)

んで、やっさんのアメ車とのんちゃんの車に分乗してホテルにチェックイン。
またまたやっさんより日本酒とお煎餅の差し入れを頂戴して乾杯!
軽い宴会後、前・すぷ・つよ・のんは夜の大阪に繰り出していきました。
(グリコで写真撮ったり、伊勢エビのUFOキャッチャーしたそうです♪)

なんだかんだで前・P・つよ・僕は就寝したのですが、
深夜にたく・すぷ・のんに誘われて、僕も一緒に焼き鳥屋さんに行きました。
ビニールで覆われた屋台だったのですが、
屋台初体験の僕はそのおいしさにびっくりしました。 めちゃうまかった!!
しかもウィンナーを一本ずつサービスして下さいました。 ええご主人やぁ。

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朝起きるとけっこう強い雨が降ってました。 

やっさんと合流してお隣のUKで朝食。
(UK・24時間営業のアメリカナイズされたとっても洒落た店。
    しかも料理がうまくてボリュームたっぷり。 値段も安いでぇ。)
なんちゅーこっちゃ、ここでもやっさんにご馳走になってしもた。
(東京帰ってから、なんか名産品でも送ろうっと。)


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雨と寒さ対策を万全にして、船場を出発したのが11時ちょい過ぎ。
たくはんの走行写真を撮るため、途中まで併走しましたが、
みんなの男っぷりというか、タフさというか、心底しびれました! マジで。
こんなすごい連中と対抗しようなんて、なんておバカな僕だったのかしら。
って思いました。 うーん、みんなに見せたかったなぁ。
強い雨&厳寒なのに、速度は普段と変わらず良い走りっぷりだったぜ!

東名阪に入ったとこだったかなぁ、自然解散みたいなかたちでByeしました。
つよちゃんエンジンがちょい不調だったので、彼一人置いて先に出たのです。

車なので、当然無事に東京に着いたのが19時過ぎ。
家に入ってDukeの歓迎を受け、すぐ倒れ込んで寝て、
起きたら月曜の13時でした、えへっ、寝過ぎたー。

今度は、ナックルで参加するぞー!!! 道も覚えたもんねー。
っちゅうことで、「タフガイズ イン センバ」でした。









デュオグライド整備中

納車前のパンヘッド、1963年式デュオグライドの整備の様子。

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デュオグライドにはセンタースタンドがありますので、整備にはこれが使えます。

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キックスタートの踏み込み位置

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ここまでの踏み込みだとケッチンくらう可能性があります。

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この時計の5時の位置くらいまで踏み込みます。

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シートの後にタンデム用のサポートをつけます。

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まあこんなかんじ

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