忘年会ミーティング主催者募集中
いよいよ年末ですが、今年最後の忘年会キャンプミーティングを12/19,20(仮)あたりにやれたらと思っています。
場所は個人的に東京都江東区の城南島あたりがファンキーかと思いますが、私が多忙なため企画を練って主催してくれるひとを募集しています。主催者にはお礼に某非売品差し上げます。希望者はメールください。
いよいよ年末ですが、今年最後の忘年会キャンプミーティングを12/19,20(仮)あたりにやれたらと思っています。
場所は個人的に東京都江東区の城南島あたりがファンキーかと思いますが、私が多忙なため企画を練って主催してくれるひとを募集しています。主催者にはお礼に某非売品差し上げます。希望者はメールください。
昨日このwebに出入りしている何人かのメンツで都内の某焼鳥屋で飲んだ。参加した人は少なかったけれど、わざわざ仕事が終わって駆けつけてくれた奴もいてうれしかったし、とっても楽しいお酒が飲めた。
ぼくはかなり疲れていたのでそのお店からご帰還となったが、他のみんなは朝まで飲むらしくあいかわらず元気そうだった。
そのお店で偶然にもKIN'S CAMPの神山金さんと会って、いろいろと話をすることが出来た。
ご存じの通りキンさんはバイブズのカメラマンやライターとして活躍する傍らKIN'S CAMPを経営してたりといろいろな顔を持つ。いざ話をしてみると予想以上に気さくな方で、ぼくの話にもしっかりと耳を傾けてくれ、また自分のおもしろい話もいろいろとしてくれた。結構長い時間語り合って、何度もがっちり握手をして、まさに意気投合したのだ。
キンさんはハーレー関係の雑誌を新しく創刊するつもりらしい。詳しく述べることはできないが、すでにQuark Expressでレイアウトされたデーターがあるということなので、しっかりとした企画をもとに準備されたものなのだろう。彼の話からその雑誌に対する夢と自身がすごく感じられた。広告を極力おさえるということなので、既存の雑誌とは違った内容をぜひ期待したいところだ。
またその雑誌の宣伝などのためにインターネットを積極的に利用したとのことで、最近パソコンを買ったそうだ。
Harley-Davidson NEWSのアドレスも教えたのでキンさんがここに遊びに来るのもそう遠い未来ではないと思う。インターネットを利用しまくるハーレーオーナーがいる一方で、その存在をしらなかったり拒否したりする人もいる。キンさんのような昔からハーレーにのってきた人とぼくみたいなインターネット中毒人間という二つの個性がつながることによって、お互いに相乗効果が生まれればいいなと思う。
今回の焼き鳥会はそういう意味でとってもハッピーな会だった。来れなかったみなさん残念でした(笑)。

H-D NEWSをいつも利用してくれているアミーゴ氏が音頭をとって実現した今回の奥多摩でのキャンプは彼のすばらしい仕切りと最高の天候にも恵まれて大成功に終わった。
また今回も新しい仲間も加わって、どんどん大きな輪になっていっているのはうれしいことだ。紅葉もはじまった奥多摩でのすばらしい一夜をどうぞごらんあれ。
岡田さん、差し入れをありがとうございました。
















ハーレーの鍵のスペアを作るべくTech Tips Boardに書き込んだところ、ヘビーユーザーのTUYOさんが、自分のお店で出来るということなのでHarley-Davidson NEWSの取材もかねて先日お邪魔させていただいた。
錦糸町の駅に近いにぎわいのある場所にTUYOさんの店はある。ちょうど夕暮れ時にお店の前にバイクをつけると、ちょうどお客さんの自転車のめんどうをみていた彼が声をかけてくれた。
TUYOさんのお店は金物屋(山三金物)らしいが、日常雑貨まで幅広く扱っていて品揃えも豊富だ。入り口に近いカウンターには真面目そうなおやじさんが静かに店番をしている。一方の彼もミーティングに来てるときとは裏腹に、お客さんに対しては「いらっしゃいませ!」と元気のいい挨拶でりっぱな社会人(笑)。がんばってるね、若旦那!!!

今回お願いした鍵は、イグニッションに使われているものと、盗難防止用のコブラリンクのスペアキー。みんな製作オーケーらしく、一つづつ丁寧に作ってくれた。出来上がったモノはもちろん職人技が冴え渡り、全部オッケー。しかもバイカー特別割引まであって、いたれりつくせりの製作サービスだ。


TUYOさんに鍵穴におすすめの粉状の潤滑剤を奨められて使っているがこれがなかなか調子がいい。やっぱり鍵は鍵屋に聞くべきである。ついでに彼の愛機を紹介する。彼の書き込みはここから発信されているのだ!
ちなみにはるさんのお店がすぐ裏にあるそうなので、ちょっと覗いてみた。はるさんも若旦那として忙しく働いており、お店もなかなかの混雑ぶり。今度ここに来たときは行きますよ!
8月15日(水)
8時くらいに目が覚めた。
酒は残ってないけど首が痛くてしょうがない。昨日のライブのせいだ。まだ服部君は眠っている。今日は夕方までに実家長崎に着きたい。精霊流しをみなきゃお盆って気がしない。
どうせ一度には荷物をバイクに運ぶことが出来そうにないから、寝袋とかもう使わないものから駐車場のバイクに運んだ。
ちょうど自分のバイクの近くで松元さんも帰り支度をしている。やっぱりお昼には出発予定だそうだ。二人でいろんな人に話しかけた。
VIBESでみたことのあるバイクがあったので話しかけた。(98年2月号 One&Only 山本さん)
キックでどうしてもエンジンがかからない。プラグを掃除しても駄目。とうとうバイクを通路に出して限界まで後に下がって押し掛けした。まさに戦闘機だった。
やっとエンジンがかかって万遍の笑みの山本さん。でもマフラーからオイルがだらだら状態。平気なのか聞いたら"かかり悪いといつもこうなんだよね"とこれまた笑顔で答える。おもしろい人だった。
2時間くらいバイクをみてまわった後、山小屋に二人で向かった。
服部君も気持ち悪そうに起きてきて昨日の失態をしきりにわびていた。松元さんの汚れてしまったブルーシートを洗って、ついでに残りも荷物も全部バイクに積んだ。3人でショップをみてまわった後つらい別れの時間がやってきた。二人と固い握手と再会を約束した。
服部君を残して松元さんと分岐点まで走った。別れが惜しいのかずいぶんと早く分岐点まできてしまった。宮崎・日向港に向かう松元さんは右、熊本港にむかう自分は左だ。挨拶をしようとするが何故か松元さんも左折。少し走ったところで気付いたようで照れ臭そうにuターンして、別れの言葉を残して去っていった。こんどはどこであえるんだろうか。
途中いろんなバイカーと挨拶をかわしながら西をめざした。結構渋滞していてフェリーの時間に間に合いそうにない。腹も減ってきたので1つ便を遅らす事にして、食事をすませた。ようやく着いたフェリー乗り場は場所が判りずらくて予定よりずいぶん遅れての到着となった。熊本、島原間を30分で結ぶフェリーはバイク+人で1550円でかなりきれいでリッチな気分になれた。でもフェリーの中では疲れが出て眠ってしまってあっというまに長崎県に突入した。
ルートは海沿いを選んでゆったりと流す。所どころで精霊船が流れている。爆竹の音が気分を盛り上げる。その時気が付いた。このまま精霊流しのメインストリートの長崎県庁前まで行こうと思ってたけど、実際に爆竹を投げ込まれてみると、とんでもなく恐くてしゃれになってないんで一度実家に戻ることにした。
島原からは2時間位で実家に着いた。実家にいた頃は島原ってかなり遠いとこだと思ってたけど、相棒で走ってみると以外に近くてびっくりした。高校生までの自分がいかにせまい町で生活してたのかが判った。
実家に帰ると両親が出迎えてくれた。でもやっぱり第一声は"きたなかー よーこげんポンコツで帰ってきよったばい"で、早速風呂に入れられた。風呂からでると懐かしい母親の手料理がまっていた。おいしすぎる。味は変ってないし、好きなものばっかり出てきた。こんなところにいたら太ってしまう。そして、ずいぶん久しぶりに家族で精霊流しを観にいった。
それからは1週間ほど長崎ですごした。
長崎の海辺を走ってるときメインのヒューズがショートしてとんで止まってみたり(復旧に2時間)その他にも別のショートで止まってみたりで色々あったけどゆったりとした時間を過ごすことが出来た。東京までの帰路は福岡県新門司からフェリーに乗った。
以上、Viragoの旅は一万円との当初の予算を大きくオーバーして無事終了した(どう考えても一万じゃはじめから無理でした)。最後にtakuさんをはじめやさしくしてくれたみんな、良く走ってくれた相棒、一度も雨を降らせなかったお天気。文句いいながらも理解してくれる彼女。すべてに"ありがとう"をいいたい。
8月14日(火)
昨日の酒が残るようなこともなく気分いい朝を迎えた。
草原のなかで寝袋にくるまってたわけで、テントのなかの蒸されて汗ダラダラ状態じゃなく、知らない虫にかまれてたけど最高の朝だった。
4人ともほぼ同時に起き出したけどやっぱり朝はみんな言葉が少なめだ。昨日の食い散らかした後をかたずけてるとみんなのテンションもじょじょに上がってきた。
4人で朝のショップ見学が始まった。
この時ばかりは金のない自分に苛立ちを覚えた。なにしろ欲しいモンがかなり安く売っているのに買えないなんて。
一番悔しかったのはゴアテックスの軍コート(新品)が5000円ってのが買えなかったことだ。"サイズもおっきかったししょうがないよ"と自分に言い聞かせた。長谷川君は金に物言わせてマフラーとかツールボックスを値切りながらも買っていた。
そうこうやってるうちに太陽もずいぶん高いとこまで登ってきたようだ。ここで阿部三槽と長谷川君が四国を廻って帰るとのことで早めのお別れとなった。長谷川君はさっき買ったマフラーを積むのに苦労していた。固い握手をかわし、再会を約束して二人は旅だった。
それにしても暑い。本当は今日帰る予定だったけど、楽しいから明日までいることにする。二人で近くの温泉に入りに行く事にした。
15分くらい走った所に温泉はあった。300円をはらって汗を流す。露天風呂最高。やたらとハエがいたけど気持ち良かった。
会場にもどる。やっぱりこうなったらビールでしょ。昼間っから服部君とビールでカンパイ。やっぱりうまい。バイクヘブンはバドワイザーが協賛のようでバドの箱が山積みになっていた。あの山積みを崩してやろうってな勢いで呑みまくって、やっぱりとゆうか二人で爆睡してしまった。
目が覚めたのはもうすぐライブが始まる頃だった。
ショップがならぶ広場に トレーラーステージがあって、ベンチも用意されていた。後の方のベンチがまだ空いていたのでそこに陣取ることにする。
ステージでは予定よりおくれて入念で下品なマイクチェックが行われている。
いよいよライブスタート。最初のバンドはジャンルにこだわらずに往年の名曲を聞かせてくれた。マイクチェックの時にからかわれていたスコット(推定アメリカ人)のハーモニカがいい味だしていた。バンド入れ替わりの合間にとなりに一人で座ってる人を発見したので話し掛けてみた。
一人で名古屋から参加の松元さん(FXR)との出会いだ。意気投合して三人でカンパイ。いったい何本目のビールだろう。
二バンド目はみるからにハードなバンドで、酒がいい感じにまわってきた三人はベンチを離れてステージに近ずいて地面に腰を落とした。ビールもなくなってきて東京から用意していたウィスキーに手が伸びた。500のペットボトルに移し替えて持ってきてたのでそのままがぶ呑みスタイルだ。服部君と自分は"まぁ、呑めや"みたいな感じですごいペースでボトルを空けていった。ふとみると服部君が倒れている。まぁ、寝ているだけだろう。
ツェッペリンのロックンロールが始まったとき自分の中の何かが弾けて二人を残してステージ最全列に飛び込んでいってしまった。おどり、叫ぶ、もう何が何だか判らない。二バンド目の演奏も終了し二人の元に帰るとまだ服部君は寝ていた。かなり疲れてたのでバンド入れ替えの間、松元さんと二人で呑むことに。
"若いねぇ"なんて言うから歳を尋ねると"結構いってるよ"としか教えてくれない。三バンド目は東京からやってきたバンド"赤と黒"初のオリジナルバンドだ。また入念なマイクチェック。みた目はもろロカビリーで期待が高まる。でも曲が始まって飛び出してきたボーカルは赤い頭で"えっ"って感じだった。まぁ、呑みながら聞いてることにする。でも聞いてると曲が変る度に良くなっていく。また自分の中で何かが変った。ステージにかぶりつき状態。
踊り狂ってる連中と抱き会いながらボディーアタックを繰り返した。2メートルぐらいある推定アメリカ人に飛びかかったら逆にヘッドロックをお見舞された。それでもへらへら笑っている自分。かなりやばい。
ヘッドロックから解放されてステージにかぶりつき直したとき、ステージによじ登りだす人が出始めた。彼等のアピールにみんなで答える。
しかし、悲劇はこの後に起こった。
アピールを終えてステージから下りようとした人が転んだ。左顎をおもいっきり蹴られた。でも酔ってるからなのか痛みはない。ステージ上で謝ってる人に手を差し出して起きるのを助けた。なんていい奴なんだろう。でもこの衝撃で僕の前歯は欠けていた。気付いたのは長崎に着いてからだった。
そうこうしてる内にアンコールも終わって会場は静けさを取り戻し始めたように見えた。でもこの興奮は簡単にはやまなかった。
ハダカの男が自身をふりまわしながらステージに駆け上がった。彼のアピールにもみんなが答える。
ゲラゲラ笑いながらみてると、彼はステージから下りて急に恥ずかしそうにパンツをはきだした。さぁ、そろそろ山小屋に帰るかとまだ寝ている服部君を起こそうとする。でも、全く起きる気配がない。完璧につぶれている。しょうがないので松元さんと二人でかかえあげようとしたが、重くて無理だ。ここで松元さんがブルーシートを持ってきてくれた。シートで包みこんで持ち上げようとしたけどやっぱり無理だった。まわりでみてる人も心配そうに眺めてる。助けを求めたら快く手伝ってくれた。
まず吐かせたほうがいいだろうとトイレに運ぶことにする。しかしまた、トイレが遠い。バイクの駐車場を抜けるときは緊張感がはしる。トイレに着いたときは運んだ4人もヘロヘロ状態に。これ以上迷惑をかけたくないので"もう大丈夫です。ありがとうございました。"と手伝ってくれた二人に礼をいった。いざ、トイレに着いたものの当の服部君はまだ起き上がれない。口から変な液体が流れ出している。
やっぱり松元さんと自分の二人じゃどうしようもないのでトイレで用をたしてるひとにまた助けを求めた。今度は5人ががりで山小屋に運ぶことにした。自分のヘッドライトの光をたよりに暗闇のなかを山小屋を目指して丘を越える。
何度目かの休憩のとき服部君がやばそうなうなりをあげる。
ここでドラマみたいな展開が待っていた。
手伝っていてくれた一人が緊急師の資格を持っていたのだ。彼によると完全に吐かさせないとこのままじゃマズイという。彼はまず意識がちゃんとあるかの確認をした。脈をとる。次に服部君の指を握って服部君の口に突っ込んだ。こうやって無理にでも吐かせないとまずいらしい。僕はただ見守ることしかできない。
なんとか服部君を楽にさせ、何度も休憩しながら山小屋にたどり着いた。協力してくれた人達に何度もお礼をいって別れた。なんで昨日今日あった人達がこんなに協力しあえるのだろうか。ただバイクが好きって共通点しかないのに。
まさにバイカーズワールド、ブラザーなんだ。心があったまる
。服部君はまた深い眠りについたようだ。松元さんと僕は急に腹が減ってきたのでご飯を炊いてカレーを食べたながらずいぶんと話しこんだ。そして松元さんは自分のテントに戻って、それぞれの眠りについた。
一人になると後ろの事を気にしなくなり普通の一人旅になった。
よく考えたら友達と長い旅をしたことなんてなかったな。大人数で走ることもこのサイトを始めてから経験したから、ネットを始めたことによって自分のバイク生活が変わってきているという事だ。
それにしても人と一緒に走るって難しい。自分を自分らしく保ち、さらに人を気遣う。人にやさしく、人にやさしく・・・と、ビラちゃんとの走りを思い出しながら100回繰り返す・・・。
松江の町並みを見てみたかったので市街地を走ってみるが、走ることが信条の旅人が感じるモノがあるはずもなく、とっとと通り過ぎることになった。
あらためて走ってみて思ったが、山陰側にはホントに産業がない。廃屋になったドライブインがつぎつぎに視界に現れて遠ざかっていくこの風景は個人的には大好きだが、地元の人は大変だと思う。
やたらと目につく土建業の会社。公共事業なしには生きていけない町と人の暮らしがある。公共工事が少なくなった今の暮らしはどうなのだろうか、町の職安には人があふれているのだろうか。
しかし、山陰の海はどこまでいっても美しい姿を見せてくれる。
西へ行くに従って色が変わったり、地形が違ったりしておもしろい。
砂浜はそうでもないが、海は青く深く活発で眺めていても飽きがこない。時間がないので泳いでるわけにはいかないが、丘の上にあるドライブインでしばらく海をみて過ごす。
海の色と岩場の様子がちょっと変わって山口県に入る。この辺までくると見慣れた九州の岩場の雰囲気とだいぶ似てくる。
途中で9号線と別れ、修学旅行で行った萩方面へ向かう。人気のない海岸線沿いをのんびり走って行くが、とにかく暑く、ちょっと走っては水分を補給しないと具合が悪くなる。
この時期に日本海側を走るライダーは多く、今日もこれまでに数十台とすれ違った。
季節柄どちらかというと北へ向かう人が多いのかもしれないが、同じ方向に走っている人が見つかると何となくうれしい。あまりの暑さで道ばたで寝込んでいる二人組のチャリダー、荷物満載のオフ車、旗をつけた日本一周らしい人。
ハーレーしか集まらないミーティングと違って、ここではすべての走っているライダーの間に仲間意識が存在する。日本でこれから始まるミーティングがあるとしたら、こういうのも悪くないと思う。
真っ青な空と青い稲穂の町をいくつも抜けてると、対岸に北九州が見えてきた。
太陽は挿すように強く、道路脇の電工掲示板は38度を指していた。熱気がたちこめる下関に到着し市街地を抜けて関門トンネルの入り口に着いたのは午後5時ちょっと前。関門トンネルを抜けて門司についたのは午後5時ちょうどだった。多少疲れた体には九州に上陸した実感と喜びで力がまたみなぎってきた。
どこの都市にもそれなりの交通の流儀があるが、北九州はぼくが経験したなかで、それが最悪の部類に入る都市だ。
マナーが悪いだけでなく、脇道から本道に入ってくるタイミングが東京などのそれとはちょっと違って、こちらが急ブレーキをかけるタイミングでも平気で本道に入ってくる。走って五分もしない間に強烈な洗礼を受けたが、こっちも最初から予定通していたのでバイクなりのフットワークを使って互角に渡り合って、すぐ交通事情に溶け込んでしまった。
小倉を過ぎるあたりから夕方のラッシュの時間にぶつかったため3号線が全く進まなくなった。ビラちゃんには悪いが、この辺からぼくは高速にのることにしよう。
八幡インターまで渋滞をのろのろ走り、そこから九州自動車道へ。
夕闇が迫るころ、渋滞でヒート気味だったエンジンは、また息を吹き返しうなりを上げた。ここまでぼくを連れてきてくれたハーレーの乗り味はすばらしく、エボリューションのパワーと耐久性を再確認させてくれた。
九州自動車道は夕焼けで真っ赤に燃えているよう。ぼくの旅もそろそろ終わりに近づいている。
また、こんな九州の広い空をこのバイクと走れる日がくるなら、このバイクで走りたい。そんな長かった旅の思い出と自分のバイクに対するより一層の愛情を抱えながら最終目的地の長崎に到着した