ハーレー乗り出して10年ちょっとという時間の中でいろんな人とものすごい勢いで知り合えたのは、インターネットの創世記と重なってなんか明日はバラ色であたらしい何かが生まれる予感をシェアしてきた人たちとの偶然で必然な出会いの積み重ねだったのかもしれないが、この10年を振り返って思うのはすごい勢いで出会いながら、すごい勢いでさよならをしない別れを繰り返していることかなということを、昔たくさん遊び、そんで別々の方向に向かいつつあることをPロシ氏のブログで再確認。
Pロシ氏のブログ JETLOG
http://www.doblog.com/weblog/myblog/41233/2616404#2616404
別にハーレー乗って二回握手しても本当のブラザーフッズにはなれないし、生活も変われば、キモチも時とともに移ろいでいくわけで。飽きっぽい私なんだけど、もう10年もやってこれたのは旧車に移行して付き合い方がスローになったのが大きいが、いろんな出会いがあったからだとは思う。だけど長くやっていると積み重ねでいつもすごいたくさんの人と付き合っているかというとそうでもなくずっと付き合っている人は結構少なくって、その時々で人は入れ替わる。最近気づいたのは出会いとは違って別れってのは表面上はでてこないし、盛り上がりがすごければ霧散するのも早い。新車も買って5年くらいするとバイク自身がやれてくるわけで、そんなときに自分の気持ちをオーバーホールしないといけないのかもしれない。
だが、よくよく考えてみると出会った数が多くなればなるほど、音信不通になっていく人はとっても多い。
Pロシ氏がサンダンスでかなりいじったファットボーイをこれからどうするんかはよくわからないけど、私より後に乗り始めた人はたぶんおんなじキモチをどこかでそれぞれ味わうことでしょう。変わらないものなんてないわけだし。
そうおもうとMCって単位がなぜできたのかって理由もわかるような気がする。人は移り気だから持続されるためには何か抗えない仕組みが必要だったのかもしれない。これはよくできた考え方だと思う。
今そこにいる人と永遠に一緒に走って、遊んでという妄想を取り払うと、ひとつひとつのイベントなりミーティングがいとおしく感じるものだ。
一期一会で一回の、そしてそのときだけの出会いを大切にすべしだ。