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阿蘇バイクヘブン ビラちゃんレポート・4
A Letter From The Publisher

阿蘇バイクヘブン ビラちゃんレポート・5


8月15日(水) 

8時くらいに目が覚めた。

酒は残ってないけど首が痛くてしょうがない。昨日のライブのせいだ。まだ服部君は眠っている。今日は夕方までに実家長崎に着きたい。精霊流しをみなきゃお盆って気がしない。

どうせ一度には荷物をバイクに運ぶことが出来そうにないから、寝袋とかもう使わないものから駐車場のバイクに運んだ。

ちょうど自分のバイクの近くで松元さんも帰り支度をしている。やっぱりお昼には出発予定だそうだ。二人でいろんな人に話しかけた。

VIBESでみたことのあるバイクがあったので話しかけた。(98年2月号 One&Only 山本さん)
キックでどうしてもエンジンがかからない。プラグを掃除しても駄目。とうとうバイクを通路に出して限界まで後に下がって押し掛けした。まさに戦闘機だった。

やっとエンジンがかかって万遍の笑みの山本さん。でもマフラーからオイルがだらだら状態。平気なのか聞いたら"かかり悪いといつもこうなんだよね"とこれまた笑顔で答える。おもしろい人だった。

2時間くらいバイクをみてまわった後、山小屋に二人で向かった。
服部君も気持ち悪そうに起きてきて昨日の失態をしきりにわびていた。松元さんの汚れてしまったブルーシートを洗って、ついでに残りも荷物も全部バイクに積んだ。3人でショップをみてまわった後つらい別れの時間がやってきた。二人と固い握手と再会を約束した。

服部君を残して松元さんと分岐点まで走った。別れが惜しいのかずいぶんと早く分岐点まできてしまった。宮崎・日向港に向かう松元さんは右、熊本港にむかう自分は左だ。挨拶をしようとするが何故か松元さんも左折。少し走ったところで気付いたようで照れ臭そうにuターンして、別れの言葉を残して去っていった。こんどはどこであえるんだろうか。

途中いろんなバイカーと挨拶をかわしながら西をめざした。結構渋滞していてフェリーの時間に間に合いそうにない。腹も減ってきたので1つ便を遅らす事にして、食事をすませた。ようやく着いたフェリー乗り場は場所が判りずらくて予定よりずいぶん遅れての到着となった。熊本、島原間を30分で結ぶフェリーはバイク+人で1550円でかなりきれいでリッチな気分になれた。でもフェリーの中では疲れが出て眠ってしまってあっというまに長崎県に突入した。

ルートは海沿いを選んでゆったりと流す。所どころで精霊船が流れている。爆竹の音が気分を盛り上げる。その時気が付いた。このまま精霊流しのメインストリートの長崎県庁前まで行こうと思ってたけど、実際に爆竹を投げ込まれてみると、とんでもなく恐くてしゃれになってないんで一度実家に戻ることにした。

島原からは2時間位で実家に着いた。実家にいた頃は島原ってかなり遠いとこだと思ってたけど、相棒で走ってみると以外に近くてびっくりした。高校生までの自分がいかにせまい町で生活してたのかが判った。

実家に帰ると両親が出迎えてくれた。でもやっぱり第一声は"きたなかー よーこげんポンコツで帰ってきよったばい"で、早速風呂に入れられた。風呂からでると懐かしい母親の手料理がまっていた。おいしすぎる。味は変ってないし、好きなものばっかり出てきた。こんなところにいたら太ってしまう。そして、ずいぶん久しぶりに家族で精霊流しを観にいった。

それからは1週間ほど長崎ですごした。

長崎の海辺を走ってるときメインのヒューズがショートしてとんで止まってみたり(復旧に2時間)その他にも別のショートで止まってみたりで色々あったけどゆったりとした時間を過ごすことが出来た。東京までの帰路は福岡県新門司からフェリーに乗った。

以上、Viragoの旅は一万円との当初の予算を大きくオーバーして無事終了した(どう考えても一万じゃはじめから無理でした)。最後にtakuさんをはじめやさしくしてくれたみんな、良く走ってくれた相棒、一度も雨を降らせなかったお天気。文句いいながらも理解してくれる彼女。すべてに"ありがとう"をいいたい。


阿蘇バイクヘブン ビラちゃんレポート・4
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