もう何カ月も前だと思うが、アメリカで行われ「Love Ride」のイベントの走行会にピーターフォンダとナンシーシナトラが参加し、ついでに「Wild Angels」に関する表彰があったようだ。
熱狂的に彼を一つのシンボルとして受け入れる人々はほっておいて、今日は彼を映画人として見てみたい。
ロジャーコーマンの「Wild Angels」を経てデニスホッパーがピーターフォンダと組んで「イージーライダー」を制作された69年頃、ニューシネマの舞台には「俺たちに明日はない」「砂丘」「真夜中のカウボーイ」「Five Easy Pieces」「断絶」「Vanishing Point」「Getaway」などテーマを同じくする作品がつぎつぎに制作され今日も思い出されたようにリバイバルブームが起きて再評価を受けている。
当時イージーライダーが受け入れらた理由の一つを知るには当時のヒッピームーブメントに大きなインパクトを与えた事で説明がつくが、現代に至るまでこの映画やピーターフォンダが多くのバイカーから支持される大きな理由は、この映画が単純にアメリカをバイクで旅をするという行為を最も詳しくリアルに描写しているからということが大きい。
Captain Americaとあの星条旗で固められたPAN HEADのチョッパーという存在はアメリカをバイクで移動するものにとって意識せずにはいられないほど強力で、現在までにアメリカをバイクで旅するイメージを塗り替えられた映画は存在しない。
28歳でCaptain Americaとなったピーターフォンダは翌年「さすらいのカウボーイ」に出演する。
「イージーライダー」はよく60年代のカウボーイに例えられるが、これも1890年代を舞台にしたわびしいブルースと映像が支配するカウボーイ映画で、私が見たピーターフォンダの作品としてはもっともすぐれた部類にあげられる。
だがその後、ジョン・ハフ監督の「Dirty Mary,Crazy Larry」という「俺たちに明日はない」の物まねの作品でシボレーを陽気にかっ飛ばす銀行強盗を演じたあとは、「キャノンボール」のちょい役や村上龍の「だいじょうぶマイフレンド」などを含めて駄作を次々に連発し、見るべき価値のある作品やバイク映画は残しておらず、ハリウッドが今後彼を抜てきすることもないと思われる。
ジャックニコルソンやデニスホッパーがその後俳優や監督として価値ある作品を残していった一方で、ピーターフォンダは俳優としてCaptain Americaのイメージをとうとう越えることができなかった。しかし多くの人はもう彼がそれに挑戦することはもうないだろうと思ってるし、今後もハーレーのコミュニティーは彼をあいかわらずの熱狂で見守るだろう。
お山の大将でいようとするかは、結局彼自身の問題だ。ぼくはまた映画に戻って欲しいと思うけど、みさなんはどう思うだろうか。